梅色夜話
◎振袖喧嘩の種(『新百物語』より)
都の嵯峨清涼寺の釈迦は、赤栴檀(せんだん)の尊影であり、毘首羯麿(びしゅかつま:建築を司る天神)が作ったといわれている。三国伝来(インド→中国→日本と伝わること)していらっしゃり、いまこの世の衆生を化度(教え救うこと)なさっている。霊験は著しく、人々が足を運ぶことは、他を圧倒していた。
ここに、樋口の小路に、何がしの惣七郎という若者がいた。その隣の家には、甚之丞といって、並々でない少年がいたのだが、惣七郎はかれこれと言い語らって、人知れず兄弟の契りを結んだ。
今日もまた、人目を避けて二人きりで、嵯峨野の方を目指して行った。しかし、仏の御前には、人が立ち込めていて、ぶらぶらと歩き回ることもできない。
そこで、少し立ち止まって心静かに経を唱えた後は、本道は人目が多いからと、わざと傍らの細道をつたって、下嵯峨へと歩いて行った。
するとむこうから、無骨な大男が、長い刀に鉢巻をして、酔っているようで、いい加減な歌を歌い戯れながらやってきた。
男は甚之丞を見ると、
「なんと美しいお姿か。こんな細い道をお歩きになるとはお気の毒だ。さあ、こっちへ」
と抱き留め、ふところに手を入れるなど、狼藉な振る舞い(!)。
惣七郎も平気ではいられず、
「これは理不尽な方々だ。我々はすこし急用の事があって、下嵯峨へ参る者です。そこを退いてお通しください。」
というと、
「なにを、うるさい奴だ。その男をだまらせろ。」
と、二人の男が飛び掛り、左右から引っ張ると、また言った。
「先ほど、この少年を見たときから、胸はとどろき心はまよって、なんともしがたい。この少年はお前さんの弟分なのだろう?それなら、いますぐこっちにわたしな。逆らうならば……」
と、氷のような刀を抜いて、胸元に当てた。
惣七郎も甚之丞も、このような手籠め(力ずくで取り押さえるコトですよ。念為;)にあってしまった上は、仕方なく言をたれて、
「誠に私めの倅(=自分の若衆を謙遜していう語みたいです)に御心をおかけになり、有難くはございますが、そうはいっても、これをお渡しすれば、どうして一分が立つでしょうか。
たとえ骨をばらばらにくだかれ、身をこのまま刻まれたとしても、けして望み通りにはなりません。
ただ、どうか、どこでも茶屋へお連れして、杯を差し上げ、みなさまのお心を晴らさせていただきますから、お許しください。」
というと、男たちはしばらく何か考えているようだったが、
「実に都合のいいはからいだ。それならば」
と刀をおさめ、連れ立って町に行き、ある茶店に入った。
酒が一通り巡ってからは、手を尽くした美しい料理、山海の珍肴を調え、「本当に今日の御芳志(親切心)は、命の親でございます」とばかりに、もてなした。
「少しですが、お飲みください」 などと、打ち解けて杯の数が十を二つ三つ指折る頃には、賊は三人共に酔っ払い、すこしまどろんでいるのを見て、惣七郎も甚之丞も、どこへともなく行ってしまった。
しばらくして、茶店の主人が出てきて、「今日のお代をいただきたいのですが……」というのに驚いて起き上がり、
「そのことは若いのと若衆の支配だ。それそれ。」
というのを、亭主は重ねて、
「いえ、その二人のお方は、先ほどからお姿が見えません。」
このとき三人は、手を打って、
「さてはそうだったのか。まだ遠くには行ってないだろう。追いかけるぞ。」
と走り出るのを、亭主は押しとどめ、
「まず今日のお代をわたしてください」
「いや、わたさん」
などと声を荒げているのを、近隣の家から聞きつけた人々が、「狼藉者を逃すな」と言いながら、手に手に棒をかつぎ、稲麻のようにならび立った。
「さても謀ったな。口惜しい。」
と、歯噛んでみてもしょうがない。持ち合わせた金銀もないので、かわりに刀・脇差をそれぞれ茶屋に預け、面目も無いので、日の入り頃には嵯峨を出て、都のほうへ帰っていった。
広沢の辺りで、惣七郎と甚之丞が待ち伏せていて、
「そこに見えるのは、さきほどの暴れ者三人と思うが間違いか?意趣(うらみ)の訳はいわずとも!」
と、二人一度に刀を抜き合った。
酒にたいそう酔った丸腰に力は無く、足さえよろよろとして慌てふためいてさわぐのを見て、すかさず切ってかかったが、一人は逃げ延び、二人はたたき伏せられて倒れた。
「憎いこの男め!」
と、死なない程度に刀の峰で手も足もたたきのめし、両人はどこともなく立ち去っていった。
後々人のうわさを聞くところによると、嵯峨にある茶屋は、若者の日ごろの恋の中宿であったために、ふたりは頼んでこのように共にはかりごとをしたのだそうだ。
舞台は京都。平安京の樋口小路にすむ惣七郎さんと、そのお隣さんの甚之丞くんは、秘密の恋人同士です。
「家がとなり」って、王道ですがやっぱり萌ですねv 今日もこっそりと、嵯峨へデートに行きます。嵯峨はふたりの家からは北西の方。歩きで行って帰るには、けっこう遠いと思いますが……。絶対家族にはバレてるよなぁ…。
清涼寺にお参りしたあとは、人目の少ない裏通りを下嵯峨を目指して歩きます。
そこに現れたのが、むくつけきならず者三人組! リーダーらしき大男が、甚之丞くんの美しさに一目ぼれして、いきなり抱きつき、「ふところに手を入れる"など"」の狼藉を! 「など」って!?
大切な若衆さまを辱められて、黙っていられる念者さまではありません。惣七郎さんも、しかしここはあくまで冷静に、相手を刺激しないように語りかけます。いや、ただ弱腰のような気も……;
結局、捕まって甚之丞くんを渡すように脅されてしまいます。それでも、下手に出ながらも決して甚之丞くんを渡す気はないと言い切る惣七郎さん!
強くはないけど甚之丞くんへの愛は真底深い、カッコいい念者さまだvv
狼藉者三人を茶店で酔いつぶし、こっそり逃げていくふたり。あとは茶店の亭主が引き受けます。
無骨な大男相手にひるむことなく 「金を払え」 と詰め寄るオヤジ! 騒ぎを聞きつけた近所の人々も棒を装備して居並びます。なぜか団結するご近所。強いなぁ。
お金がないので刀をとられた三人組を待っていたのは、惣七郎さんと甚之丞くん。
先の恨みをはらすべく、ボコボコに叩きのめします。なにもそこまで、とも思いますが、衆道の契約というのは、恋人ならでは他人とはいっさい口も聞かない、といった勢いのものなので、胸を触られたなんてことは、もうたいへんなコトです。そのあたりをわかってあげて、殺さなかっただけでも、感心なことだとほめてあげましょう。痴漢は犯罪ですしね。
さて、あの妙に強気の亭主のいる茶屋は、なんと「わこうどの日頃の恋の中宿」、すなわち、ブティックホテルとゆーやつだったのでした。二人もここでvvvために下嵯峨へ来たのでしょうか? 今日は散々な目にあっちゃったけど。
とにかく、若者たちの恋を守る為に、茶店のオヤジは今日も戦います!
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