梅色夜話



◎『風流比翼鳥』 巻三(「恨は同途中の魂」)
 *備考*  女色派の話。テーマは「若衆の嫉妬」(また!?)。


  江戸は芝の傍らに、奥田の何某という男がいた。男は衆道の好き人で、近辺の若衆では、奥田に従わない者はいなかった。
 そのなかでも特に仲の深かいのは、和泉屋庄蔵の一人息子・三之丞といって、意気地を磨く若衆であった。
 ところが、奥田は悋気の深い(やきもち焼きの)念友で、あるとき、本間喜六という男が、三之丞に額を抜かせ(身だしなみ?)、そのうえ酒を呑んで戯れているのを見て大いに怒り、三之丞を睨みつけて
 「今までの念頃は返す」
と、三枚も書いた起請文を浅間山の煙となし(燃やし)、理非も言い分も聞く耳を持たぬほど腹を立てたので、三之丞もなす術なく、手持ち無沙汰になってしまった。

 さてまたこの近辺に、平野次郎八という美少年がいた。まだ穂に出でる若草の根よげ(=寝よげ)に見ゆる姿に、奥田は心を掛けるようになったばかりか、「神も仏も真実はこの君ゆえに拝む」とはこのこと、まことに深い恋をしてしまったようである。
 しかし、次郎八はいまだ二八(2×8=16歳)の児桜(ちござくら)のような身である。それでも、折るならば折られてみたい気なのか、実は奥田に情があるのか、奥田の目の前を通りかけた。「いい機会だ」と奥田は次郎八のお袖を捕らえ、
 「あなた様を切々と拝見申し上げておりましたが、ついにお言葉に預かることもありませんでした。
 私はこの傍らでちょっとした商売をして生きている男です。お立ち寄りくだされば、これほど嬉しいことはありません」
と、堅い挨拶をして、お手をじっと握り締めると、次郎八も名に負う分け知り(情を解することで名高い)であって、
 「なんてかたじけないお言葉。たびたびあなたの御門を通ります私です。もちろん、きっとお訪ね申し上げます」
 そう言って、手を握り返したので、奥田はわなわなと身震いし、忝涙(かたじけなみだ=嬉し涙)を落とした。
 落ちた(もちろん奥田さんがオトした、という意)お若衆・次郎八は、念者を愛しく思い、それからは行きも帰りも奥田の家に立ち寄って、盃をするやら口を吸うやら、浅からぬ仲となった。二世も三世も変わるな変わらじ、と互いに書いた起請文には指から血をとり、入れぼくろをしたのも、みな次郎さまへ屈託であるが故である。


 奥田の以前の若衆・三之丞はこの事を伝え聞くや、
 「奥田の心底も今となっては口惜しい。私に無体を言いかけて、挨拶を切ったのも、こうしたうまい処分があるから。私に浮名を立てたこと、恨みに思います。どうにかして仕返ししてやりたい」
と、昼夜胸を焦がしていたからだろう、今は心も狂乱し、うわ言を言うようになってしまった。
 和泉屋夫婦はそうとも知らず、息子のために神仏に祈り、陰陽師を頼んで祈祷し、医師は手を尽くしたが、症状は重くなるばかりで、効果は全く現れない。殊に時々口走って、
 「口惜しやおのれ、私の大切に思う念友を寝取られ、この恨みをいわずにいられようか。ああ無念、無念……」
と声を上げるので、夫婦は驚き、家の一室に押し込めてしまった。


 あるとき、奥田は所用のため、片山源内の家へ行き、夜が更けてから宿(自分の家)に帰った。その道中、和泉屋の棟から黄色(おうじき)の火の玉が飛び出し、くるりくるりと円を描くように回ったいたが、やがて虚空に声がして、
 「口惜しや、腹立ちや、今に思い知らせん」
 言う声ははやほど遠くに聞こえた。

 奥田は奇異の思いをなし、火の玉の跡を追った。火の玉は二町ばかり飛んで落ちたかと思うと、次郎八の家の前で姿を変え、男色のさもすさまじい若衆となり、ちらと消え失せ、見えなくなった。奥田の胸は打ち騒ぎ、気味悪く窺い見た。

 同じ時、次郎八は、人の身の上、我が身の上、それから念者の心入れの嬉しいことを、秋の夜の寝られぬままに思い出し、世の無常を感じながら、心を澄ましていた。
 すると、なにやら気味悪く、庭の戸板がぱたぱたと鳴ると同時に、ぞっとしてあたりを見回すと、世に捨てられたような、すさまじく色の青ざめた若衆が、つっくりと(ぼんやりとして寂しい様子で)立っている。(つづく)





 怖い!! いろんなイミで怖い!!
 そして主人公の奥田さんは「何某」なのに、脇役・チョイ役の名前はフルネームなのは何故なんだ……。

 その疑問は置いといて、登場人物と人間関係を整理しましょうか。
 まずは、奥田何某さん。衆道好きで、近所の若衆さまはみんな彼の思いのままというツワモノ。のわりに嫉妬深いという、自分のことは棚にあげる困ったお人……。
 その元恋人・和泉屋三之丞くん。別の男といるところを目撃され、一方的に振られてしまいました。浮気相手?と思われたこの人はいったいなんなんでしょうか……。
 奥田さんの今の若衆・平野次郎八くん。若衆さまにはめずらしい、いかついお名前ですが、まだ16歳にもならない美少年です。奥田さんが本当に好きだったのか、恋に恋していたのか分かりませんが、奥田さんの誘いを受け、しかし今ではすっかり彼を愛しく思うようになりました。

 しかし、三之丞くんはこれを聞いて黙っていられるワケがありません。「私を振ったのはその子と仲良くするためだったのね!」っと、復讐心は燃え上がりますが、狂乱してダウン。理由を知らない親は心配しますが、回復するどころか、うわ言と言い続け……。
 「私の大切な念者と寝取るなんて……」
 あれ? 恨むべき相手が変わってませんか? 悪いのは奥田さんでしょう。こういうとき、どうして人は、振った相手ではなく、その新しい恋人さんに怒りを向けるのでしょうか。むむむ。

 ともあれ、怒りに狂った三之丞くんの生霊は空高く飛び出し、次郎八くんの家の前までやってきます。そこで「男色のさもすさまじき若衆」となり、ということですが、どういう感じなんでしょう? もんのすごい美少年、しかも男受けする、というイメージかな?

 ということで、次郎八くんの家で元ワカと今ワカ(前の若衆と今の若衆)が一触即発!! つづきをどうぞ!




 (つづき)

 次郎八はぞっと身震いし、
 「誰ですか、気味の悪い。そこを立ち去りなさい」
 しかし若衆は聞きもあえず、
 「誰とはおろかな。人の恨みを受けた身で、名乗らずともおおかたはご存知の私ですよ」
 次郎八はまったく動じず、
 「人の恨みを受けた、とは身に覚えもありません。これは迷惑な。それではどういう恨みがあるのですか」
 三之丞(←もちろん火の玉の正体)は押し返し、
 「覚えがないとは腹立たしい。二世と誓った兄分をそなたに寝取られ、私が葎(むぐら:荒地の雑草)の這い回った宿にただ独り、泣き明かすとでも思うのか」
 次郎八はなおも押し返し、
 「何ですか、念者を寝取ったとは。なんとも面白みのない難題です。その方と私は手習いの朋輩。それをどうして隔て申しましょうか。しかしながら、あなたのなされ方が良くなかったために、念者どのに見限られ、今私をお恨みになるのはおかしなことです」
 三之丞は眼をいららげ、
 「仕方が悪くて嫌われたなどと、口の過ぎた言い分! 弁に任せてどんなに申しても、もはや白状しないだろう。今打たなくては!」
 するすると走り寄って打つ音に、門前にいた奥田は驚き、戸を蹴り破って立ち入ると、怨霊は去っていった。
 戸の開いた音に、次郎八の伯父・喜右衛門は目を覚ました。
 「これは何事だ、騒がしい」
と、奥田を見つけ、
 「これは一体。貴殿は何をしに来たのだ」
 奥田は落ち着いて、
 「これには色々と仔細があるのです。とにかく心許ない、次郎八はどこですか」


 喜右衛門は合点が行かなかったが、ここに伏している、と言うと、奥田は寄って、印籠から薬を取り出し次郎八に与えた。
 次郎八がようやく正気を取り戻したので、あらましを尋ねたところ、初めから残らず語った。
 喜右衛門も今は事態を把握して、
 「それは今まで知らなかった。貴殿と次郎八は知契の仲と見たが、違いますか。しかし、この上は私が引き受けよう。貴殿に次郎八を預けます。末永く可愛がりなされ」
 奥田は嬉しく、
 「これはかたじけないお言葉。早くお話しようとかねがね思っておりましたが、機会がなく今まで過ごしてしまいました。これからは拙者にお任せください」
 と、互いに挨拶も終わり、奥田は静かに申し出た。
 「それについて、今宵私が参ったこと、さぞ不審に思われていることでしょう。しかし、これは仔細あってのことなのです」
 奥田が右のあらまし(上の内容参照)を語ると、喜右衛門はあきれて、
 「それは珍しい。男色の"うわなり(嫉妬)"とは古今に例のない嫉妬だ。そのままにしておいては次郎八の身の仇となるだろう。しかるべき思案をなさってくださいよ」
 奥田はすぐに、
 「その事は少しもお気遣いなさらず。何とぞ私が計らいましょう。もはや今夜は夜も更け、追っ付け東も白みます。明日もありますから、これでお暇します」

 奥田は夜が明けてから、浦辻五郎四郎のもとへ行き、三之丞の有様を全て話した。五郎四郎も驚き、
 「誠に変わった"うわなり討ち"だ。しかし私が良いように計らおう」
 そして浦辻は奥田を伴い、三之丞の父・庄蔵のもとへやって来た。右のあらましを話し聞かせると、夫婦はあきれて、
 「これは、夢にも知らぬ事でした。おそらくは不思議な患いだと、夫婦でかねがね申しておりましたが」
と、二人を奥座敷に連れていった。
 三之丞は奥田を見るより涙ぐみ、恨めしそうな顔つき。浦辻は心得て、その座を外した。
 三之丞は奥田にしがみつき、挨拶の切れた(振られた)時から今までの恨みを細やかに話した。奥田も涙を流し、
 「そうした心底を露知らず、今まで恨んでいた。これからは二人を月と花とに眺めよう。昔に変わらず念頃を頼む」
と、しおしおとして話すと、三之丞も聞き届け、その後は互いに恨みもなく、末永く契ったという。


 男色にもこんな話がある。衆道とはいえ一概に、嫉妬や妬みがないなどとは、おかしな口上だ。衆道なんて是非におやめなさい。





 浦辻四郎五郎って誰やねんッ!!?
 え、これってハッピーエンド? そうですか、三人仲良く……ね。まあ、いいか。

 嫉妬に駆られた三之丞くんの生霊と、次郎八くんの言い争いは見ていてちょっと面白かったです。怒りに任せてまくし立てる三之丞くんに、
 「あなたの仕方が悪くて嫌われたんじゃないですか」
とは、キツイ言い方だよなぁ。「奥田さんとは手習いの朋輩」というのもウソだし、次郎八くんってけっこうコワい子かも。

 口では負けるので、実力行使にでた三之丞くん。その物音に驚いて駆けつける奥田さんと、次郎八くんの伯父さん。なんで伯父さん?
 事態の異常さに不審がる伯父さんでしたが、二人の話を聞いて合点。しまいには「次郎八は任せた」って、伯父さんがそんなこと決めていいのかなぁ。親代わりなんでしょうか。

 三之丞くんのことはなんとかする、と約束した奥田さんは、翌朝、浦辻五郎四郎という人のもとへ来て相談します。浦辻さんは「私が計らいましょう」とか言ってましたが、やったことと言えば、三之丞くんの家に行って話をしただけ。こんなこと奥田さん一人でもできるやん。

 奥座敷にいた三之丞くんは、奥田さんを見るなり涙ぐみ、抱きついて心の内をぶちまけました。おそらく、例の男とのことは誤解だったというわけでしょう。奥田さんも涙を流して、言いました。
 「今まで恨んでいたことはすまなかった。これからは二人を可愛がる。昔のように念頃してくれ」
 言うに事欠いて、そんな……。でも三之丞くんも聞き届け、次郎八くんとも恨みあうことなく、末永く幸せに暮らしたという……。

 にわかには理解しがたいですが、これも奥田さんの付き合い方が巧いからでしょう。二人を平等に愛し、二人の言い分を聞いてやって……。さすが、近隣の若衆で従わぬ者のいないといわれる美少年キラー。
 若衆の二人も、奥田さんに愛されてさえいればいい、という心持なんでしょうか。でなきゃやってられんわな。
 と考えると、衆道にも嫉妬がある、という今回の話の趣旨が微妙になってくるんですが……。ま、話がオモシロかったので、そこは目をつぶりましょう。


 (追記)
 本文に出てきた「うわなり」という言葉。漢字で書くと「後妻」です。文字通り「本妻の後にめとった妻」という意味もありますが、本妻が後妻を恨むこと(=「後妻嫉妬(うわなりねたみ)」)から転じて「嫉妬」という意味も持ちます。さらには「怨霊」という意味まで……。
 また、「後妻打ち」というのは、本妻(先妻)が後妻を恨んで襲うことです。今回は、三之丞くんが次郎八くんを攻撃したことを指していますね。もしくは、三之丞くんの「怨霊」を退治する、という意味もあるかもしれません。
 あ、浦辻さんって、陰陽師みたいなモンなのかも?


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