梅色夜話



◎『風流比翼鳥』 巻五(「実は同義理一筋」)
 *備考*  男色派のエピソード。曰く「やつがれが耳にはさんだ若道の、うまくやさしく有がたき、色のいきぢのおもしろきはなし」だそうです。登場人物が多いのでご注意ください。


 花のお江戸に、若松屋定勘(じょうかん)という酒問屋がいた。定勘は若い頃から無駄食いせず、稼ぐに追いつく貧乏神もなく、次第に上々吉の酒屋となったが、浮世の無常は逃れられず、去年の秋、この世を去ってしまった。しかし、その姉のおかんの次男・勘介が跡を残らず丸取りし、勘介は気ままな暮らしをしていた。
 勘介はいまだ三八(3×8=24)にもならない若い男で、血気盛んな心から、「女房などはいやらしい見たくない、若衆に勝る楽しみはない」と女の肌にはふれず、男ばかりで過ごしてきた。

 やがて勘介の弟分となったのは、筋目正しき浪人の末息子・染五郎という器量良しの分け知りな(粋な)若衆である。染五郎が十二の秋、玉祭り(盂蘭盆)のころから互いに惹かれあって、今は深い仲となった。
 しかし染五郎が成長するにつれ、次第に見優る美しさに魂を飛ばし、よだれを流して恋い慕う者も多くなった。
 その中でも、山中伝助・岡本彦八の両人は浪人であって、人々も下目に見ることはない。また、河内屋善七・井筒屋庄八・掛川屋孫市、彼らはみな染五郎に心を掛け、折があればお言葉に預かりたいと願う者たちである。特に掛川屋孫市は染五郎一筋で、文も数々送ったが、一度も返事がなかった。孫市はしきりに恨みの波を蹴立て、ついに染五郎のもとへ詰めかけた。
 「私より深く我が君を思っている者もいないでしょう。もし、私の上を越すような人がいるならば承って、その後は、私はもちろん、あなたに焦がれる余人の恋も制し止めましょう。正直に仰せ聞かせてください」
 染五郎は落ち着いて、
 「なるほど、あなたがお急きになるものごもっともです。しかし、私は若松屋勘介と睦まじくしております。はや二年になるところです」
と、わりなき情を知らせ、それから「必ず口外しないでください」と口を固めた。
 孫市は横手を打って、
 「それは深い挨拶(契り)で。今までは夢にも知りませんでした。私と勘介は逃れぬ仲、いつも色々と語り合っていますが、まったくそんなことは聞いたことがありませんでした。
 ともかく、この上は誰にも口外しません。私の恋も思い切ります。しかしながら、この心に偽りがないことを、一生のうち命にかけて、一度はお目にかけましょう」
 涙を流し、義理正しく思いとどまる心ざしは、町人には珍しいこと、後世の手本となるだろう。


 しかし染五郎は、
 「網の目から手を出すほどの(多量の)文に、いちいち返事をするのも難しい。とにかく、勘介殿とのことを隠すから、こんな面倒なことになるんだ」
と、今は公にして念頃すると、両方の親もこれを知って、心安い仲となった。


 月に雲、花に嵐ほど、世の中に悲しい付き物はない。
 あるとき浪人・山中伝助のもとに、近所の若い男たちが寄り合った。一つ二つの茶飲み話も過ぎ、一杯引っ掛けた酒を発端に、色々と世間話を始めた。
 井筒屋庄八が言った。
 「染五郎はまだ野暮介(情に通じない人)かと思っていたが、あの気取り屋の生意気な勘介と、はや二年あまりも腐り合って(密通して)いたとは。あいつ、果報者め」
 うらやましげに話すのを聞いていた善七は
 「まったく、あの子は知契の分けも知らないと思っていたんだが、油断のならない世界だね」
 その言葉を言い切らないうちに、浪人・彦八がのさのさと罷り出た。
 「やはり、今思い当たることがある。この年月、俺が色々と心を尽くしても情らしい返事もせず、口惜しさは日に日に増さり、今日や貰わん、明日や刺し殺さんと思っても甲斐がなかった。
 勘介に先を越され、生きて益もないこの命だ。勘介のところへ行って、直々に貰い受けよう」
 そう言って、いかつがましく座敷を立つので、一座の者は興を冷まし、みな家に帰っていった。


 まことに勘介と染五郎の仲は、周りもやさしく見許していたというのに、世には恋知らずがいるものである。彦八は有名な無道者で、二人のことを聞くに等しく座を立って、その道中で勘介に行き会った。
 彦八は大いに喜び、勘介に向かって言った。
 「貴殿は染五郎と念頃しているとか。俺もこの年月心を通わせ、文を送ったが、ついに一度の返事もなかった。しかし、それももっともなことだ。貴殿と睦まじくするゆえ、俺の思いは叶わぬのだ。
 だがこの恋、どうしても思い切られぬのが困ったものだ。染五郎を俺に給われ」(つづく)





 今回はなんと、町人と武士(浪人)が入り乱れてのちょっと複雑な恋模様となっております。
 まずは登場人物と人間関係(たいした関係でもないけど)を整理。
 
 若衆・染五郎くん(浪人の末っ子・現14・5歳)と酒屋の道楽若旦那・勘介さん(若衆好き・現26・7歳)はすでに交際二年。しかし、親にも友人にも秘密にしてきました。年の差というか、染五郎くんの幼さが犯罪チックなカップルですねv
 美しい染五郎くんを恋い慕う人は大勢いました。その一部、浪人の伝助・彦八、商家の(おそらく)若旦那、善七・庄八・孫市。彼らは互いの家に集まって酒を飲み交わす仲なんですね。「染五郎くんを愛し隊」てワケか……。また、彼らと勘介さんはお知り合いのようです。若旦那組とは幼馴染みないなモンでしょうか。

 彼らの中で、まず先に行動をおこしたのが、孫市さん。文を出しても返事が来ないことに痺れを切らし、直接問い質します。
 「わたしより深く、あなたの事を思っている人がいるのですか」
 う〜ん、純愛ゆえの暴走だったのでしょうか。本人から恋人がいると聞かされて、あっさり納得。しかし「あなたを思う気持ちが偽りでないことを、いつかお目にかけます」と謎の公約。一体どうなる?

 このことがあってから、染五郎くんは「秘密にするから、こんな面倒がおこるのだ」と結局勘介さんとの交際を公にしました。
 それを知った「愛し隊」のメンバーが伝助さん家に集合。彼らの会話が、なんだかオモシロいですね。みんな染五郎くんはまだ清い身だと思っていたのに、うらやましいね、勘介め! まったく油断は禁物だよ!
 と、ここで浪人の彦八が登場。彼も染五郎に恋文を出していましたが、当然返事はなし。
 「悔しさが日に日に増さって、いつ貰い受けようか、刺し殺そうかと思っていたんだが……」
 なんか恐ろしいコトゆってるッ!!? この発言にはおトモダチもドン引きですよ。

 染五郎を奪うため、勘介さんに直接対決を申し込む彦八。「おまえがいるから俺の思いが届かないんだ」って、勘違いもいいとこだよ; では、つづきをどうぞ!




(つづき)

 彦八のねだりがましい物言いに、勘介はむっとしたが、心を静め、
 「いや、これは無体なご所望だ。私と染五郎とは深い契りを交わした仲、あなたへお渡しすることはできません。是非にご所望なら、腕先をもって進上申そう」
と、言い終わらぬうちに、彦八は刀を抜き、勘介の肩先から胸の下まで切りつけ、止めも刺さずに立ち退いた。
 染五郎は勘介のもとへ、所用のために来ていた。そしてこの様子を見て大いに驚き、
 「念友の敵! どこまででも」
と、彦八を追った。
 近隣の者も大騒ぎして、「そりゃ喧嘩だ」「門を打て」「棒だ! 熊手だ!」と我先に追いかけた。
 そのなかに、大戸を持ち、染五郎にぴったりと付いて息を限りに追いかけて来る男がいる。これを見た彦八は、かなわないと思ったのだろうか、大橋から川の中へと飛び込み、向こうの岸へ泳ごうとした。
 染五郎もこれを見て、続いて飛び込んだ。二人とも、水心(水泳の心得)はなかったが、命を捨てここを大事と、浮きつ沈みつ流れていった。
 折節、このごろ降り続いた大雨に水かさは増し、水勢は矢を射るようであった。それをどうしてこらえきれようか、二人はともに押し流され、あわれ彦八は、滄海の波に巻き込まれ、水の泡となって影も形も見えなくなってしまった。
 後から飛び込んだ染五郎は、まだ沈んではいないが、すでに命も危うい状態である。そこへ、先の戸板を持った男が飛び込み、泳いできた。


 逆巻く水を事ともせず、染五郎の帯を捉え、左の手で軽々とさし上げた。右の手には大戸を持ち、流れる水を押し切って、もとの岸へ帰るのかと思えば、向こうの岸に飛び上がり、板は遠くへ投げ捨てて、染五郎を肩に引っ掛けて、どこへともなく立ち退いていった。見ていた人々は「大力の若者だ」と舌を巻いた。

 さて染五郎と男は、知り合いのいる寺にしばしとどまることにした。そこで心を静めて男の顔をよくよく見ると、それは掛川屋の孫市(上参照)であった。
 染五郎は涙を流し、
 「本当に年来のお心ざしに違わず、私が危ういところをお救いくださいました。生々世々(=永劫)忘れることは出来ません。今から勘介殿に成り代わって、私を弟とお思いください」
と、しおしおとした口上。だが孫市は、
 「思し召しは千万かたじけないですが、いかに勘介が相果てたといっても、かつてよしみのあった仲ですから、私はあなたと知契の交わりをすることはできません。ですからあなたのお心ざしも望んではいません。
 今、私があなたをお助けたしたのは、まったく色からではありません。長年私の心底の偽りない所をお目にかけようと願っていたことが、この度思いがけず成就いたしました。例えばあなたが白髪の老人とおなりになっても、命のお役に立とうと思うゆえ、このようにまで心を尽くしていたのです。さらさら知音の望みはありません」
 「そういうこととは、由無いことを申しだし、お恥ずかしく思います。しかし、それほどのこと、私とても分からなかったわけではありません。
 勘介殿への心ざしは、もはや一生に果たしました。なぜかといえば、すでに川で敵の彦八は入水いたし、私もあのように水におぼれ、最後には死ぬべきところを、たまたまあなたのお情によって命を助かりました。ですから私の一生は終わり、今の身は何にせよ、あなたの物と思うゆえ、このように申したのです。
 もし承引なさらないのなら、今ここで相果てて、ご恩を報じましょう」
と、脇差を抜く染五郎を、孫市はあわてて押し止めた。
 「お言葉は一々もっともなことです。私はあなたゆえに二親に離れ、身生まで捨てた身です。どうしてあなたをおろそかに思いましょう」
 それからは深く契りを交わし、底心は互いの胸に納め、命の限り同じ枕に夜を明かしたという。これは偽りのない話である。





 ちょっと手放しでは喜べないハッピーエンド? 最後の文にもあるように、お互いに何か思うところがあるみたいですが、それでも一生仲良く暮らしたのですから、愛はあるでしょうか。

 彦八の申し出に、毅然とした態度で断る勘介さん、格好良い! そのうえ町人なのに、浪人に向かって「腕先で勝負」なんて、度胸もある! そんな勘介さんを、抜き打ちに切り付けて逃げるなんて、彦八最低だッ!!

 前回、孫市さんが言っていた「あなたを思う私の心に偽りのないことを証明する」というのが、こういうカタチで実現しました。染五郎くんのピンチに颯爽と現れて助ける孫市さんも格好良い!
 しかしそれは、「あなたを思っている証」として染五郎くんの役に立とうとしているわけで、「あなたに恩を着せて、あなたを手に入れるためではない」と言うんですね。しかも、孫市さんと勘介さんは昔からの友人みたいなので、そう簡単には染五郎くんを貰うことはできない……。 深いなぁ。
 助けられて「これからは私を弟と思ってください」と言った染五郎くんも、実はそこらへんのコトは察していたみたいです。孫市さんを命の親と思って恩返ししたい、それができないなら死ぬまで。というのはいかにも武士的な義理の考え方ですよね。
 でも、せっかく助けられたのにすぐに死のうとするのは、(勘介さんの後追いでない限り)ちょっと性急すぎるかなとも思います。もしかすると、これは染五郎くんの作戦なのかも? 死ぬって言えば、孫市さんも観念して弟にしてくれるという……。
 恋人が殺されたからといって、いつまでもめそめそせず、さっと新しい恋を見つけて生きる。美少年はこれくらい強かなのがイイですね。


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