梅色夜話



◎『徒然草』第五十四段


 御室(仁和寺)に、すばらしい稚児がいた。
 その稚児をなんとかして誘い出して遊ぼうとたくらんだ法師どもがいて、芸達者な遊僧などを仲間に引き入れて、しゃれた破子(わりこ:弁当箱)のようなものを、丁寧に作り、それをまた箱のようなものに入れて、双が丘(ならびがおか)の都合の良い場所に埋めた。
 その上に紅葉を散らしたりして、そんなところに破子が埋まっているなど想像できないようにようにして、御所(住職のいる御殿)に参った。そして、稚児を上手くそそのかして誘い出した。

 法師どもはうれしく思って、ここかしこと遊びまわって後、先ほどの苔の一面に生えている所に並び座って、
 「ひどく疲れてしまった。ああ、紅葉を炊いて酒を温めてくれる人がいたらなぁ。
 霊験あらたかな僧達よ、祈り試みられよ」
 などと言い合って、破子が埋めた木の元に向かって、数珠を押し揉み、大げさに印を結んで、仰々しく振舞って、木の葉をかきのけた。
 しかし、全くなにも出てこない。場所を間違えたのかと思って、くまなく山を探しまわったが、出てこなかった。

 破子を埋めているのを、誰かが見ていて、法師達が御所へ参っている間に盗んでしまったのだろう。
 法師どもは、その場を取り繕う言葉もなくて、口汚く争って、腹を立てながら帰っていった。

 あまり面白くしようとすることは、必ずつまらない結果になるものだ。



 
 稚児は冷ややかな目で法師たちを見ていたことでしょう。「コイツら、バッカじゃねえの」と思ったことでしょう。
 徒然草を読んでいると、仁和寺にはまともな僧は一人もいないんじゃないかと思いますね; 大丈夫なのか?

 さて、今回は男色譚としては全然ですが(でも、偉い人が……)、稚児について知れるいいお話だったと思います。
 稚児の説明として、「寺で召し使われる少年。男色の対象にもなる。」なんて書かれているのを読むと、なんだかすごく可哀想な存在に思えますが、この子のように、アイドル的な扱いを受けている子もいたわけです。
 稚児というのは多くは、学問や社会勉強のために、寺院に預けられた高家の子息ですから、無体なことはできないのです。
 すべての稚児が、いい扱いを受けていたとは言い切れませんが、説話集などで色々な稚児話を読むと、少なくとも「可愛がられていた」ということは言えそうですね。

 それにしても、徒然草全般について思うのですが、兼好法師のシメの感想というか、まとめの言葉は、「いや、そうじゃないだろ!?」と言いたくなるのが多い気がするのは、ワタクシの脳みそのシワが少ないからですか?
 本居宣長に、「ひねくれたカッコつけオヤジが!」(いや、そうは言ってなかったけど)と酷評されていた時は小気味良かったです。

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