梅色夜話



◎男色の密契(『萬世百物語』より)


 丹波の国・篠山高仙寺は、横川の鶏足院という天台宗の末寺である。
 その学徒に、兵部卿(軍部の長官)で律師の不聞坊という者がいた。彼は門弥という少年に、並々でない情愛を抱いていたが、住持(住職)の目をはばかり、気安く逢瀬を楽しむことも難しかった。
 それでも、思う心は浅いものではないから、夜がふけて人々が寝静まった後、門弥はたびたび不聞の寮に通い、下ひもをうち解き、暁は早く起き出して帰る、というのが常になっていた。
 不聞坊も、このような門弥の心ざしを見るにつけ、いじらしい情けに思いの火が焚き増すような心地がして、門弥のことを忘れる隙もなく、ため息ばかりついていた。

 ある夜、また夜が更けて門弥がやってきた。寮の戸が静かに音を立てるのも、人目を忍んでいるからだろう。
 不聞は宵から、何に紛れることなく、その行方ばかりを思い続けていたので、はやくもその物音を聞きつけ、出迎えた。
 「また今宵も、道の露を分け入り来てくださったのか。苦しさは、私の袖におきかえて……」
と侘びると、思ったとおり「少しの間です」と言って、添い伏しなさろうとするうれしさ。思わず小篠の露も何ならずと戯れて、いつものごとく、しめやかに床に入った。


 三更(さんこう:子の刻)の月も入りがちになり、わずかな隙もなく暗くなり始めた。不聞は深夜の鐘に目が覚めて、なんとなく物恐ろしい心地がした。そこで、やおら手を差し出し、門弥の後姿を、髪のあたりから撫で探ってみると、何とも分からない長さ・大きさ、ただ普賢菩薩のお召し物に添い寝したかのように、人とも思われない。
 驚くままに触れた手の当たりが強かったのだろうか、"そのもの"も驚き、ひしと不聞に抱きついた。それからは、上になり下になり、一世の力を尽くさんと、組み合い、ねじ合っていたところ、あたりの寮からも、物音を聞きつけた人々が駆けつけた。人々は
 「盗人が入ったのか」「ここをあけてください」
と声々にさけんだけれども、戸は人目をはばかるため内からきつく差してあり、開くはずもない。
 人々があまりにこらえかね、戸を押し破って入る音に、たまらず化け物は逃げていった。
 不聞だけが、魂も薄れるばかりに息もつぎあえず座り込んでいた。

 人々は事情を尋ねたが、もとよりはばかる事であるから、答えようもない。ただ、なにか"物"が来て、恐ろしい目にあった、とばかり答えて、それからは、垢離(こり)をかき(=冷水で身を清めること)、打ち震えながら、経や陀羅尼を唱えて、
 「みなさん、あまりに恐ろしいのでともに伽をしてくだされ」
と言って、ようやくその夜を明かした。

 その後、ひそかに門弥に問うと、
 「夕べにかぎり、深夜まで客人が来ていたので、どこへも出かけませんでした」
と言うのを聞いたとたん、今更に震えがきて、恐ろしさもいや増しになった。
 それからは、本当の人間をみるのさえ嫌気が差し、仏に懺悔(さんげ)して、とうとう恋は終わりになってしまった。
 化け物の正体は、いかなるものとも分からないということだが、法の掟を犯した罪を、憎しとお思いになる仏の仕業ではないだろうか。




 楽しいはずの逢瀬……、しかし今夜の相手は化け物だった!? 厳密なところでは、女色も男色も厳禁なワケですから、怒った仏様のキツーイお叱りを受けたということでしょうか……。

 しかし、なんだか納得がいきません。僧たる者、高いも低いも美少年を愛でる当世に、どうして不聞さんだけが罰を受けねばならないのでしょうか!! ただ罰を与えるのが目的ならば、なぜ一回ヤらせてくれた!!

 というわけで、この「化け物」の行動を検証してみましょう。
 まず、化け物は、門弥くんがいつもしていたように、こっそりと静かに寮に侵入しました。一日中門弥くんのことを考えている不聞さんだけには知れて、出迎えられます。
 やってきた「門弥くん」は、しっとりと夜露に濡れていました。どこか草むらでも通ってきたのでしょうか。「いつもつらい目にあわせてすまない」と言って不聞さんが抱きしめると、「少しの間のことですから」と身を預けました……。
 さて、「例のこと」もしめやかに済んで、あとは暁を待つばかりだというのに、不聞さんがなにやら悪寒を感じて目覚めてしまいました。隣で眠る何かに触れ、驚く不聞さん。つられて驚く「化け物」!っと、ここで「化け物」、不聞さんに抱きついた!! しかも「ひしと」!!
 あとは、駆けつけた人々が戸を蹴破る音にびっくりして退散。

 うむむ、「化け物」の行動を振り返ってみると、なんだかものすご〜くカワイイ!! どことなく恥じらいを含んでいるような……。やっぱり仏さまの差し金なんかじゃありませんよ!
 というわけで勝手な推理(妄想)。
 この「化け物」は、正体はわかりませんが、おそらくは狐狸妖怪の類でしょう。ひょんなことから不聞さんに恋をしたが、相手にはすでに美少年の恋人が……。
 「化け物」はいつも門弥くんが不聞さんのもとへ通ってくるのを、くやしく、やるせなく感じていた。しかし、あるときふと気が付きました。「あの子に変身すればあの人に愛される!」

 そう思うと、いじらしいじゃありませんか。むやみに怖がって化け物扱いするのはちょっとかわいそうかもしれません。
 それにしても、不聞さんはすっかり人間不信に陥ってしまうし、そのおかげで門弥くんは、わけのわからないままに離縁されてしまうし、結末には苦笑いです(^^;


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