梅色夜話



◎  の美童(『萬世百物語』 より)
 ネタバレになるので、タイトルは一部伏字にしました(いかがわしいコトバは入りませんよ)。
 タイトルで読ませようという意図だったら、ごめんなさい、作者さま。



 いつの頃だろうか、越後の国・村松に、大野何某という侍がいた。大野は勤番(江戸の藩邸に勤める役)を仰せつかり、江戸へと下る旅の途中であった。
 ようやく信濃路にかかって、榊というところに着いた。
 するとある宿屋の外れから、少年が姿を現した。十七ばかりとみえるのは、旅のつかれに面痩せているからであろう。いかにも只者ではない様子で、容顔・装束・刀脇差の趣まで、風流かつ優美なものでありながら、供する人はひとりも連れていない。菅笠、竹杖など、わずかに旅の装いと分かる以外は、ただただしどけない有様である。
 草鞋(わらじ)を踏みなれているようでもなく、ずいぶんと困っているらしい。ここの松影、あちらの芝野としばしば体を休めている。そこで、大野が「今はもうずいぶんと後のほうを歩いているのだろう」と思うと、そうでもなく、大野の馬の跡になり先になり、同じ道を歩いていく。
 その日も、やがて春めくほどになり、従者が荷物を馬に付け替える間、立ち止まって休んでいると、少年もかたわらに腰掛け、竹杖に諸手をすがって休んでいる。大野は今朝から、この少年をいわくありげに思っていたので、声をかけた。
 「どこへお行きになるのですか。ここは追いはぎなどという者が多く出る所ですが、少年がひとり旅をなさっているのは心配です」
 少年は答えて、
 「私は越後筋の者です。やむを得ない旅をいたしておりますが、心細くて……」
と言う。大野はそれを聞いて、
 「越後とは懐かしい。我々も村松から参りました。越後はどのあたりにお住まいで」
と問うと、少年は「長岡」とだけ答えた。
 「それならば城下のお方ですか」
 大野は「何故に」「いづ方へ」と、くどく尋ねたが、すこしはばかっているようで、ただ「江戸へ」とだけ言いかけて、また先に立って行ってしまった。


 大野はその様子をみるや、なんとなく心が浮かれた。
 おそらくは親などに強く諫められて若い心が落ち着かず、しばし家を出たのか、あるいは侍の意地気で、おさな心にも敵を討ちに出たのか……。ああ、同宿でもすれば世話をしてあげられるのだが……。
 そう思った大野は、馬に付けている若党(従者)を少年のもとへやり、
 「もはや日もすでに暮れてしまいました。少年の御心細いご様子は、忍びがたく思われます。どうか、同宿も差し支えなければ、私の宿にお入りください」
と、言付けた。すると少年は断る様子も無く、
 「私のほうからこそ、お願い申し上げたいことでしたのに、それはなんと親切なお心でしょう」
と、うれしげに立ち止まった。
 「我らはこのごろ乗り続けて、馬上は退屈です。しばしお乗りください」
 大野は自分の馬に少年を乗せると、少年はそれほどの苦も無く、ゆったりと馬に乗り、程なく今日の宿に着いた。
 
 いつしか"行方知らぬ人"も、親しい類にさえ勝るほどに気の置けない様子になり、大野は折々に事情を聞いた。少年はただ、
 「親の諫めにふと、分別なしに家を出たのですが、江戸に伯父にあたる神川何某という人をたより、旅をしておりました。私の名は神川三之丞。親は神川何某……」
と、隔てはないながらも、詳しいわけは隠しているようだった。大野は、「きっと敵討ちをしたのにちがいない」と考え、少年が自分の手柄を隠しているのも、深い心遣いに思われて、それからは強いて尋ねることはしなかった。

 ふたりはそのうちに、互いに惹かれあう仲となった。昼は馬を並べて乗り、ここの名所を訪ね、夜はあちらの泊まりを重ね戯れれば、旅の気は晴れ、遠路でも心は近く、ついに枕をならべ、「永き世まで……」と睦言に誓い合うのだった。(つづく)




 越後の侍・大野さんは、江戸への道中、不思議な少年に出会いました。美少年のひとり旅。気にならない人なんていませんよね。思わず声をかけて、同じ宿に泊まらないかと誘います。
 少年はなにやらいわくありげな様子ですが、快く誘いを受け、同じ宿に泊まり、一緒に旅をするうちに深い仲に……。
 このあたりの描写が言葉足らずなのは、古典のお約束? まあ少年にとってはやさしくしてくれるイイお兄さんだし、大野さんにとっては健気な美少年。恋に落ちるのは道理でしょうか。
 この不思議な美少年・三之丞くん。大野さんは、敵を討ってきたんだろうと思っていますが……!? (大手を振って国に帰らないのは、お上の承諾を得ていない敵討ちだからなんだろうか)



 (つづき)
 明日は江戸入り。江戸藩邸に勤める大野と伯父を頼ってやってきた三之丞は、まずは互いに別れなければならなかった。しかし三之丞は、
 「しばしの間でさえ別れと言う名がつらくて」
と言う。そこで、すこしばかり酒を酌み交わした後、「さあもうお休みなさい」と言うと、三之丞は、
 「もうすこしお話をしてください。江戸に入って伯父の方へ行っている間は、二,三日はお会いできないでしょう。それが嫌なのです」
と眠ろうとしない。大野はしかたなく、
 「まことに一日三秋などと、待ち遠しい事を言う昔からの言葉があるが、しかし長い旅路が事も無く、ここまでたどり着けたのもめでたい事だ」
 などと言って盃を差し、また差されるのもただふたりきりであって、隔てるものはない。さらに今宵は雨が降りしきり、大層心細い夜である。矢立の筆(携帯用の筆記具)を取り出して、乱れ書きをするなかに、三之丞は、
 
 ことのはのかれなん秋のはじめとや袖に涙のまづしぐるらん

 なんとなく書き綴った歌を少し真に受けた大野は、
 「これはどういう意味ですか! 仮初伏しの草枕をも、このように交わしました上は、あなたのことをいいかげんに思ったことなど少しも無いというのに。日頃は主人のために捨てるべき身だと思っていたが、今はあなたのためならば、命も惜しくないのだ。命をかけて大切に思っているというのに、まさか私の心を疑っておいでなのか。
 わかった。明日江戸へ着いたならば、そなたからの別れのお言葉を破りなさるな」
と恨み言を言う。
 「いいえ、そんなつもりではございません! 私がそのような気持ちでいるはずがありません。本当に大切なお役目をお勤めになっているあなたであるのに、ひとたびの御哀れみゆえ、見ず知らずの私をこれほどまでに御いたわりくださり、それをこの世の事と申すのは、人としておろかな心だと思われるほどです。
 お恥ずかしながら、永劫よりも罪深いのは、御いとおしさでございます。あまりの事に、しばしの間といえど別れは心細く、思わず筆にまかせて書いてしまった事でございます。御気にかかったのならお許しください。すこしもそのような気はないのです」
 三之丞は涙ぐんだ。大野も訳も無く鼻がつまるような思いがして、なんとなく事が収まらない様子なので、
 「さあ、おやすみなさい。夜も更けてしまいます。明日はまた朝早く起きなければ。」
 それからふたりは床に入った。


 三之丞が夜中に起き出すのはいつものことだったが、今夜は特別に様子が違っていた。幾度となく小用に行ったり鼻をかんだりしている。大野は不審に思い、声をかけた。
 「どうしてお隠しになる。気分でもお悪いのか」
 大野が尋ねると、三之丞はもはやたまらず、声を震わせて泣き出した。大野は訳が分からず、不思議に思うのも無理は無い。その時少年が語った事は、なんともおそろしいものであった。
 
 「もはや何を隠しましょうか。恥ずかしながら私は、実は越後の者ではありません。信濃上野の間に住んで、人の家に押し込み、旅人の身包みをはぎ取る盗賊の同類でございます。
 このところはみな"この道は危うい"と、旅人も自然と感じ取って宿りの時も油断しないので、波のせいで取れない宝だと、いろいろと盗みの方法をたくらんで、この度は私をこのような姿にし、心を許した時を知らせて、亡き者にするという計画でした。
 それなのにいつしか、思いのほかのあなたのお情けに感じ、そんなたくらみの事は絶えて思いませんでした。しかしその上に、夜毎に同類が相計ってせめるのも、しつこくていやになります。
 "いかにも時間が立ち過ぎている。もうだめだ。見限って来い" などと言われた時には、"今回の旅人はなかなか油断のない男で、安心しているようだが、まだ行動できない。しかし良い宝が多くあるようだから、もう少し" と彼らを偽ってきたのも、ただお名残惜しく、せめておそばにいさせていただこうとしたためです。
 しかしそれも今宵に至って限りとなり、お別れするのが哀しいのです」
 三之丞はただ、枕が浮くほどの涙をながして泣いた。
 大野は話を聞くより身の毛がよだち、鬼を一車に乗せたような気もするのだが、そうはいってもやはり心には情もあり、一層哀れみも沿う。大野も泣くことしかできなかった。

 もはや夜も明け、三之丞が是非なく出て行くとき、大野は形見とも思われる提げ物(巾着・印籠など)を取らせてやった。
 三之丞が「私が出た後、跡をつけて御覧なさい」と言ったので、跡を慕って裏道から覗いてみると、深山木のような風情をした男が五,六人、不機嫌そうな顔をして三之丞を取り巻き、なにか話しながら去っていった。
 ああ、いったいどのような目にあうのだろうかと、気がかりになるのも、好き心が懲りていないからだろうか。





 おお!? ここで終わりかー!! チクショウ!
 美少年の正体はなんと盗賊! 原題は『山賊の美童』でした。

 長かった旅も終わり、明日は江戸という夜。三之丞が衝撃的な事実が告げられました。
 自分は盗賊の仲間で、あなたをだますつもりだった、と。こいつは忍者が使うところの「くのいちの術」の一種ですね。相手の色欲や親切心につけこむ古典的な手法ではないでしょうか。
 しかし三之丞くんは、相手を惚れさせて油断させると同時に、自分も恋に落ちてしまい、命令を果たすのが嫌になってしまいました。
 「早く殺して来い」といわれても、「もうあきらめろ」といわれても、なんのかんのと理由をつけて盗賊たちをなだめてきたのは、ただただ大野さんと少しでも長く一緒にいたかったから。
 もー切ない! いじらしい! 叶わない恋と分かっているのに……。(「罪ふかかるべきは、御いとおしさ」ってイイ言葉だなぁ)

 涙を流し、声を震わせながら、胸中を吐露する三之丞くんが可愛くてやばいです。
 それなのに! 事実を知った大野さんは、恐ろしさを感じてちょっと引き気味; 朝になると、三之丞くんを山賊どもの元へ帰してしまうのでした。多少の金や宝は持たせてあげたかもしれないけど、大野さんってばヒドイよ〜!
 跡を付けてみると、五,六人の山の木みたいな男が三之丞くんを取り囲んでいました。こんなむくつけき男どもの中に美少年がたったひとり……。収穫が少なくて不機嫌な彼らが三之丞くんをどうするのか、考えただけでも恐ろしい!
 でも、その思いは大野さんも同じでした。「好き心懲りずや。」
 三之丞くんを思う気持ちが、そんなに簡単にさめてしまうはずがありません。きっとこの後、助け出してくれたに違いない。私は信じてますから! (合言葉は「脳内補完」)

 もうひとつ妄想すべき事がありますね。三之丞くんがなぜ山賊なんかやっているのか、という事です。
 もともと悪い子じゃなさそうだし、何かやむを得ない事情があるはずです。オチはユルいけど、妄想しがいのあるお話でしたv

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