梅色夜話



◎「染井は俤の花畠」(『野傾友三味線』より)
 今回のお話は、一人称形式で書かれているようなので、そのあたりご注意して読んでいただくと分かりやすいと思います。(原文中に一人称が出てこないもんで……;)


 気の合う遊人を友としての遊山の帰り、染井に立ち寄った。花屋・伊兵衛の花壇の百華のさかりを臨みながら弁当の残り酒を開き、「菊の酒を遠慮することがあろうか」と、亭主も交えて飲み始めた。
 日は西山に近づき、この夕暮れの露がなお興を誘うところに、今は昔の伊藤小太夫(江戸前期の女形)にそのままの面影の若衆が現れた。
 白い袷(あわせ)に浅黄ちりめんのしごき帯(女の腰帯の一)、髪は官女のすべらかしのようにして、垣根に立ち安らぐ風情は「これは」と目を留めて見るほど美しく、咲き揃う菊の花も気おされて、枯柴(かれしば)を眺めているようようだ。
 亭主にささやいて、
 「この美形は?」
と問うと、亭主は、
 「ああ、毎日夕暮れになると、どこからともなくいらっしゃるのだよ。供する人も連れ立つ人もいない。花の中を縦横に行き来して、消えるようにお帰りになる。ひょっとして化け物なんかじゃないだろうか」
と言う。座中は、眉毛につばをつけて(だまされないように用心して)、
 「古語にも『狐、蘭菊の草むらに隠る』と言うから、油断なさるな」
と言う。だが、
 「たとえ化生の者だとしても、あれほど美しいものを放って置くわけにもいかない。ぜひとも酒を一つ勧めて、そのうえで口説き落とせたら、花畠の宿を借りて、一夜の仮枕……」
 「これは物の例(ためし)で、申すまではないが、尾にお気をつけて」
 そういう亭主と言い合わせ、持ち合わせた吸筒、花のもとのまじわり。「粗忽ながらこちらへ」と求めると、深く辞退することもなく、「かたじけない」と、えくぼに置き余る露は、花からこぼれるようだ。

 石燈に火を点じると、艶やかな夜の気色がいっそう興に入る。酒宴も佳境になり、亭主をはじめとしてみなを益体もないほど酔わせて片端から潰し、かねて用意しておいた宿に誘った。


 ついに枕を交わすとき、気をつけて手をやってみたが、尾のようなものもなく、肌は細やかにして焼しめた移り香は、山口円休(未詳です。当時の有名人?)も聞いたことはないだろうというほどの名木と思われる。例えば、光源氏・業平・敦盛などが再び姿を見せた面影か、と怪しみながらも、床の打ち解けはありがたく、寝入りに見る夢はかたじけない。

 朝、明烏の声に起こされて隣を見ると、在りし姿は見えず、解き捨てた浅黄のしごき帯、白い袷はそのままに、手枕の上には白菊の花が、すこし移ろうようにして一もと。
 さては、抱いて寝たのはこの花の霊魂、かりそめに形を現して、はかない契りを交わしたのだろうか。
 覚めて悔しい夢の面影もとどまりがたい。草木も心がないわけではない。そういえば、芭蕉は女となり、楓は美童と現れるという話は、唐土の書にも見える。わが国では高砂の松の性……。



 最後はモノローグ? 原文を読む分にはあまり気にならないのですが、訳すとやっぱり無理が出てきてしまいますね; できるだけ直訳で行きたいのですが、時には意訳・超訳も必要でしょうか……(悶々)

 知り合いの花屋の花畑で出会った美しい若衆。亭主や仲間たちは「化け物だろう」と言いますが、色好みの主人公は、どうしても放っておけません。酒に誘って、いい感じになったところで宿へゴー。若衆さまの方も、なかなかプレイボーイです。
 床に入って、若衆さまの身体を確かめてみても、しっぽのようなものはないし、それどころか肌はすべすべ、いい香りもする。これはたしかに「ありがたい・かたじけない」です。
 しかし朝起きてみると、若衆さまの姿はなく、腕には少し色あせた白菊が残るばかり。「するとあの子は、この花の精だったのか……」と主人公は悟るのでした。

 というのが、大まかな流れでした。
 むむ、まったくもって、シチュエーションだけのお話; 床のシーンが略されているだけに、ちょっと消化不良気味……。
 白菊の精が、なぜ幾日も幾日も現れていたのか、なぜたった一夜の契りで消えてしまったのか、疑問は尽きませんが、何かのネタになれば良いなと思います。

 しかし、このままではちょっとアレなので、話の冒頭に出てきた白菊の精の容姿について見てみましょう。
 服装は「白い袷」に「浅黄ちりめんのしごき帯」。「しごき帯」というのは、女性の帯の一種で、おはしょりを留めるための帯です。(参考→
 次に髪型。「官女のすべらかしのごとく」というと、お雛様みたいなヤツですね。なんとなく、江戸初期の遊女のような、艶やかなイメージが浮かびます。
 さて、そのお顔はと言うと、昔の女形・伊藤小太夫に似ているそうな。そこで、諸々の役者評判記を見てみると……
 出ました。コチラが小太夫さん(ちなみに二代目)です→

 うわー、美人!
 しかし、ここでさらなる疑問が浮かびます。この顔で、格好・髪型はほぼ女性。それで、奴らはどうしてこの子が「若衆」だと分かったんでしょうか。不思議すぎるお話です……。


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