梅色夜話



◎「濡衣の地蔵」(『怪談登志男』より)


 摂州大阪、西の御堂の東に、金剛丈六の地蔵がある。しかし、いつのころ、どこの冶工が鑄(い)たとも、誰が納めたとも知る人さえいない。  衣体には緑のさびが生じ、最旧の像であるが、いつの頃からかこの像が、夜な夜な出てきて寺中を歩き廻り、あるときは庫裏に来て食事をするなど、稀有なことがさまざまに起こっているとうわさになっていた。

 そのころ、この寺には大勢の美童がいた。中でも犬丸という稚児は、特に優れていて、僧俗ともに心を懸けない者はいなかった。
 ある夜、この寺の人が所用で御堂の後ろの小路を通ったところ、例の地蔵の台から一人の僧が現れて、本堂の方へと向かうのが見えた。怪しく思って跡をつけてみると、僧は間毎の戸を開けて奥へと入っていった。
 このことをまた別の人に告げ、ともに起き出して窺ってみると、怪しい僧は、犬丸の閨(ねや)に入っていったようだった。
 このあとも毎夜、僧が犬丸の閨に忍び入るので、上人(寺の高僧)はひそかに犬丸を呼んで言った。
 「お前のもとへ通ってくるのは誰なのか。包み隠さず話なさい」
 厳しく問われた犬丸はしかたなく答えた。
 「どのようなお人とは存じません。その人は幾夜か通ってきて、はじめのうちは私も堅く防いでおりましたが、さまざまに詫び、いろいろに嘆かれて、ついには『お前の難儀ともなるならば、これを人に見せよ。誰もとがめる人はいないだろう』と言ってこれを……」
 犬丸は、錦の袋に入った、小さな厨子に入った守り本尊を取り出した。それを見るに、まさしく一山の棟梁、当寺の法王と仰ぎ奉る上人・平生尊信のまします所の本尊である。
 「さては例の僧は、まぎれもなく門主にていらっしゃるのか。なんとはしたないお振る舞いであろうか」と、寺中の役人も寝ずに遠見して、犬丸の部屋をうかがった。


 犬丸はつくづく思った。
 「誰であっても、私も浮名(色事の噂)を立てられ、指を指されるのも恥ずかしく、そのうえ、忍んでくる人の名をも漏らしてしまって、あの人に対しても口惜しいことになってしまった。あの人を刺し殺して私もともに死んでしまおうか」
と短気を起こしてしまった。

 夜、いつものようにしめやかに語り合い、僧が少し寝入ったところを見届けて、短刀を抜き、胸のあたりを突き通した。ところが、不思議なことに、この僧は、手負いながらも鴨居を飛び越えて逃げていった。
 「すはや!(驚きの声)」
と、寺の僧たちが、手に手に棒を引き提げて追いかけて行くと、飛び去ったものは、御堂の地蔵のもすそに隠れてしまって姿がみえない。
 人々は、それならばと、血を目印にして捜すと、金銅の地蔵尊の御足が踏まえる蓮花座の下に、石垣が崩れてできた小さな穴があった。そこを掘り崩してよく見てみると、その下はさらに大きな穴になっていた。
 熊手を入れて捜してみると、何かが引っかかった。人々はひしめき、集まって、引き上げてみると、古い狐の死骸であった。

 犬丸もそのとき死ぬはずであったが、僧が鴨居を跳び越したのに驚き、「さては変化だったのか」と気が付いて死ななかったのは、命を一つ拾ったようなものである。

 狐というものが人に化けるということは、昔も今も皆知っていることで、その例(ためし)も数々あるが、女に化けて男を迷わせるのが常である。男の姿に化けて、美童に通じたというのは、大変珍しい。
 その後、地蔵が歩き回って悪さをするという沙汰もなくなった。かの一山の法王であると騙ったのは、おそろしいたくらみであった。例の守り本尊と見えたのも、後から見れば、古い木の枝を、色づいた木の葉で包んだものであったと、その時の様子を難波の人は語った。




 この話は、作者が「難波の人」から聞いた話として書いてたみたいですね。分かりにくい……;
 今回の文章は他にも、主語はどんどん略すわ、文を区切らずに延々続けるわで、なんだか訳しにくかったです。文章がおかしなところが多々あると思われますが、雰囲気で読んでください; 古典といえども、文章のクセってあるんですね。

 自分の部屋に謎の僧が通ってくるのを目撃され、ついには相手の正体まで明かすはめになってしまった犬丸くんは、ちょっとかわいそうでしたね。いきなり「あの人を刺し殺して、自分も死のう」と考えたのは、やはり短気としかいえませんが、寺中の人間に噂され、監視されて過ごすのはつらかったのでしょう。
 「はじめの程は堅く防ぎさふらひし」という言葉からも、望まない関係だったことをうかがわせます。(「断り」じゃなくて「防ぎ」ってことは、なかば強×!?)

 犬丸くんが短気を起こしたことで、謎の僧の正体が、化け狐だったと分かりました。権力者のふりをして言うことをきかせようなんて、ウマいことやる狐だなぁ。
 今回のお話で重要なポイントは、作者も言うように、狐が男に化けて少年と通じる(←なにやらえろすなニュアンスだ)という所ですね。一種の異類婚譚とも言えると思いますが、レアなエピソードです。


 そいうえば、狐と交わるのはものすご〜く痛い、という話を聞いたことがあるのですが、犬丸くんは大丈夫だったのだろうか……。


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