梅色夜話



今回、ちょっとハードな描写を含む可能性があるので、あらかじめご了承ください。……「首」とか平気ですか?

◎『常山紀談』より

−栗田刑部幸若が舞所望の事付時田が首実検の事−

 東照宮(=徳川家康)、高天神の城(*)をかこませたまひ、柵を付けて固く守らせらる。城中後詰(ごづめ:応援の軍)を乞へども勝頼(=武田勝頼)出ず。糧(ろう)つきけり。
 栗田刑部、使いをもって、幸若が舞(**)を一曲所望し、
 「これを今生の思ひ出にせん。」
と申しけるを、東照宮聞こし召し、
 「やさしくもいひけるよ。」
とて幸若に高舘(たかだち:幸若舞の一種)を舞はせらる。
 栗田が最愛の小姓・時田鶴千世(つるちよ)といひし者に、絹紙やうの物をもたせ出して幸若に贈りあたふ。
 其の後落城の時、時田討ち死にしけるを、首取りたれども、女の首なるべしと、人々疑へり。
 東照宮、聞こし召され、
 「眼をひらき見よ。女ならば白眼(はくがん)なるべし。」
と仰せ有りければ、ひらいて見るに黒眼(こくがん)あり。また幸若忠四郎も、高舘を舞ひける時見しりたれば、時田が首に定まりけり。

 (*)現・静岡県掛川市
 (**)幸若舞(こうわかまい)→中世芸能の一。曲風は男性的で、武家の世界を素材とした物語を謡う。




 残念ながらワタクシ、あまり歴史に詳しくないので、この合戦がどういうもので、栗田という武将がどういう位置づけの人なのか、ということもよくわかりません; とにかく「武田VS徳川」で、「栗田さんは武田側」ということは、理解できました。

 家康さまから城攻めにあい、大ピンチに陥った栗田氏。「もはやこれまで」ということで、幸若舞が見たいと頼みました。
 家康さまは、「殊勝なことをいうものだ」と感心なさって、幸若の舞い手に「高舘」を舞わせました。
 そしてそのお礼なのでしょうか、栗田氏"最愛"の小姓・鶴千世くんに、絹紙のようなものを持たせて、舞い手に与えたのでした。
 うーん、「最愛」というのもなかなか出ないイイ言葉ですねv しかしつまり、「愛」な御小姓は、ほかにもいらっしゃるってコト!?

 その後、壮絶な戦いが起き、鶴千世くんは討たれて、敵に首を取られてしまいました。そして行われるのが、「首実検(くびじっけん)」です。
 「首実検」とは、討ち取った敵の首が誰の首であるかを検証すること。誰が誰を討ち取ったのか、ということは、恩賞や出世に関わりますし、身分のある人の首は、敵に送り返したりします。
 
 そんな首実検の時、討ち取った数多の首のなかに、ひときわ美しい首がひとつ……。皆、女の首だろうと思いました。しかし家康さまの仰せのとおり、目をひらいてみると「黒眼」だった……。
 
 それでは、そのあたりのことを別の文献で詳しく見てみましょう。


 『朝野雑載』巻の七によりますと、家康公が遠州高天神の城を攻めたとき、城主・栗田刑部は幸若舞を所望し、家康公に命じられた幸若與太夫は、「高舘」を舞った……。ここまでは、『常山紀談』と同じですね。
 さて、舞が終わると、一人の武者が引出物をもって出てきました。彼は「赤根(あかね)の羽織」を着ていた、と書かれています。

 その翌日、高天神の城は落城し、軍士はことごとく討死にしました。先の使いに出た赤根の羽織の士も、城外まで働きに出て、討死にしたといいます。
 その後の首実検のとき、
 「生け捕りの者も見知らず、年の頃は十七、八ばかりにて、薄化粧してかね黒く(お歯黒のコト)、髪撫で付けにして、男女の差別更に見分けがたき首」
がありました。
 家康公の仰せにより、その首の目を開いてみると、黒眼はあきらかで、男の首ということになった。その首こそ、
 「栗田刑部が寵愛せし稚児小姓、時田仙千代といいし者なりとかや」



 おや?時田くんの名前って、鶴千世じゃなかったの? うーん、どっちが正しいのか……。
 ともかく、時田くん新情報。年は十七、八! 赤い羽織が印象的です。
 首実検のとき、生け捕りになった見方の武士にさえ、その顔が知られていなかった、時田くん。それって、栗田さまの秘蔵の御小姓ってコト? めったなことが無い限り、他の人には見せません!? さすが「最愛」の御小姓だけのことはありますね。
 首が女性かと思われたのは、もともとの美しさに加えて、お化粧をしていたからなのですね! 戦いの日にも、ナチュラルながらしっかりメイクで出勤する心意気!!
 きっと、朝早起きしてメイクしたんでしょうね。み、見習わなくては……;

 化粧といえば、昔の公家や武家の男性は、ふつうにしていたみたいですね。となると、そういう高家の少年たちは、いつからお化粧に目覚めて、誰から習うのでしょうか?
 お父さんのお化粧道具を勝手に使ってみたり、お父さんに教えてもらったり……だったらちょっとイヤかも(笑)。要調査項目です。

 女と見まごう美しさと男の子らしい勇猛さを兼ね備え、主君に愛された御小姓・時田くん。その首だけになった姿というのにも、倒錯的な愛おしさが芽生えてしまいます!

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