梅色夜話



◎茶による恋(『男色山路露』上01)

 ここに随分と茶道を好む、香五郎という男がいた。香五郎はあらゆる事に秀でていて、玉の盃に底がある(欠点の無い)色男で男色の通人であった。北横町の卯右衛門(うえもん)とは、深い仲である。
 
 ある時、卯右衛門が、どうしたのか飛ぶように駆けてきて、女の文を取り出して香五郎に投げつけた。
 「あなたは吉野屋の洒落娘(遊女)とねんごろしているの!?」
と血相を変えて腹を立てている。香五郎はすこしも騒がず、
 「男色を磨く者に、そんなことがあるものか。これはきっと私に意趣ある者が、この文をお前に拾わせ仲を裂こうとした、とんでもない企みだろう」
 香五郎がそう言っても、卯右衛門はさらさら納得しない。
 「それでも、この上書きに"香様参る身より"と! ああ、嫌らしい! 手に触れるのも汚らわしい」
と、滅多やたらに腹を立てる。
 そこへ、茶を挽いていた丁稚の三吉がうろたえた目つきで走ってきて、
 「それは吉野屋の娘が、旦那さまへ差し上げてくれと言って、そっと私にたのんだのを、つい道で落として、旦那さまからひどく叱られています。こっちへわたしてくださりませ」
と、思いもよらない文の主が明かされた。
 卯右衛門もあきれて、
 「それなら、これは御父上・香右衛門殿の香の字か。よい年をしてこんな事があるなんて。どんな見通しでも、思いもよらないことです。すぐにあなたの事だと思ったのも無理も無いことだと思って堪忍して」
 卯右衛門は謝ったが、香五郎はふいと顔を振る。
 「そうはいっても、許して。今からこんな疑いは絶対しないために口々(くちぐち)。あぁ、可愛い」




 やきもちを焼く若衆さま。いかがですか?
 普段物語にでてくるのは、武士同士のお堅めの恋愛模様ですが、コレは町人同士のくだけたらぶらぶっぷりがイイ感じです(親も公認? つか、お茶カンケーないじゃん;)。
 ちなみに卯右衛門くんの「…しているの」は原文のママです。可愛いぞ、ちくしょう。
 お互いに対等な関係みたいですし、若衆さまの方からも、積極的に「好き」という気持ちを表しています。「可愛い」というのは、「愛しい」という意味です。そして最後は「誓いの口々」v 挿絵には「うたがひはれた 中なをりの口々(疑い晴れた、仲直りの口々)」とあります。めでたしめでたしvv


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