梅色夜話



◎毒薬は箱入の命 人質は夢の内蔵の事 (巻一の二)
 後藤森之丞(29、鉄砲の上手)×橘山市丸(14、福島出頭の息子)


 *前半あらすじ*
 市丸の母は、産後の腹痛に悩み死んでしまった。夫で奥州福島の出頭(寵臣)・橘山形部は妻を愛しており、後妻を貰う気などはなかったが、数月経ったころ、女中の野沢と小梅というふたりの女が気になり始めた。
 小梅は形部の権威を笠にきて我が儘に振舞ったため、形部の寵愛は野沢に移った。それに嫉妬した小梅は、野沢やほかの女中を毒殺したが、ついには罪がばれて、酷刑を受けることとなった。


 小梅の弟に、九蔵といって、渡り奉公している男がいた。九蔵は小梅のことを聞くなり、姉の咎は問題にせず、とにかく敵は主人の形部であると思い込んで、福島までやってきた。
 九蔵は小間物の行商人に身をやつし、武家屋敷町に出入りするうちに、いつのまにか形部の屋敷の台所にも自由に入るようになった。
 
 その秋冬も暮れて翌年の二月の末、形部は花畑の菊を植え替えるといって、中間ひとりを召して庭に出た。
 それを見た九蔵は、このときをのがしてはならぬと、すばやく隠し持っていた刀を取り出し、こっそりと後ろにまわり、名乗りもかけずに太刀を降りあげた。
 太刀は夕日にうつって輝き、その影に驚いた形部はすばやく避けた。 九蔵が股へ切りつける間に脇差を抜き、打ちつけると、鬢先を着られながら、かなわないと思ったのか、逃げていった。

 その折節、市丸は、乳母に抱かれながら広庭に出ていた。
 九蔵は見るなり市丸を奪い取り、抱えたまま米蔵の中に駆け込んだ。しかたなく人質をとり、この幼い子を、すでに悲しい目にあわせようとしていた。
 乳母が悲しくて駆け寄ろうとすると、九蔵は
 「おのれら、近づくならば、この倅を刺し殺す!」
と言いながら、市丸の胸に刃を当てた。
 乳母は遠くから手を合わせて、私と取り替えておくれと、身をもんだが、九蔵はまったく聞き分けず、また、そのまま殺すこともしない。
 もはや逃れられず、天命を待つところに、家来の面々がみな、すごんで駆け入ろうとしたが、駆けつけた形部はそれを押しとどめ、しばし手立てをめぐらすのだった。


 そのうちに、家中一番の鉄砲(火縄銃)の名手、後藤流左衛門の次男、森之丞といって、十五歳になるのだが、この事件を聞くなり、小筒(小銃)に鎖玉を仕込み、火鋏(ふばさみ)を切って駆けつけた。
 皆々はこれを引き留め、「ここは大事のところ」と言うが、森之丞は
 「仕損じればそれまでの命。まだるっこい評議を待っている場合ではない」
 そう言って、風通しの窓から目当てを定め、打った。
 玉は剣を持った九蔵の手首を、誤りなく打ち落とし、「それ!」という声に、家臣らは一同に駆け入った。
 まず市丸を無事に抱き取り、危うい命をお助けし、その後で九蔵は切り砕かれ、その形はたちまちになくなってしまった。

 それから幾年たって、市丸は十四歳になった。
 国中に並びない美少年になり、少しは我ながら、若衆姿を自慢に思っていたのだが、左の方の鬢の脇に、わずかに黒い傷がある。
 御髪を結わせになる度ごとに、小者はこれをお隠し申そうと、気を遣っていた。姿見にお姿を写しなさるたびに、お心がかりのひとつであった。

 ある時、乳母に「これは」と尋ねたところ、あの時の鉄砲玉がかすったこと、かつての危うかった事件のことを語り申し上げた。
 それを聞いた市丸は、
 「それなら、森之丞殿の御働きにて、わたしは必死の難儀を逃れたのだ。森之丞殿は命の親御さま。切に兄分にお頼み申そう」
と、にわかに愛しくなり、衆道契約の状をつくると、森之丞は嬉しさあまり、二人は愛し合うようになった。


 そんななか、森之丞の兄・森右衛門が不慮の喧嘩を仕出し、三人を相手に切り結んだが、一人を切り殺したことろで天運が弱かったのか、ついに打たれてしまった。
 残る相手の二人は逃亡した。森之丞の心は落ち着かず、兄の敵を討つために国許を出ることにした。市丸も共に付き添って旅立った。
 それから、常陸国・筑波山の麓の里で敵を見つけ出し、市丸も助太刀して、首尾よく打ち取った。
 
 市丸の心ざしは、大変かたじけない。美形にはとりわけ、摩利尊天(武士の守り本尊)も後ろ盾強くお守りなさるのだと、みんなこれをうらやむのも理(ことわり)だった。
 筑波でのはたらきの後、二人の恋はいよいよ深まるのであった。




 敵討ちが主なので、BLはやや脇になっていますが、かつての命の恩人とラブラブに〜という設定は超萌です。
 一般に、若衆の方から告白するというのは珍しいことなのですが、今回は命の恩人である上に、父親はお殿様の一番の寵臣という身分の高いお方でもありますから、そんな大胆さも許されるのでしょう。
 そのうえ、森之丞さんの敵討ちにも付いていく活発さ。
 その後さらにラブラブ度が高まった二人ですが、主従で、かなりの年齢差もあるし、森之丞さんは市丸くんに振り回されること必至でしょう。
 家中の人からの愛されっぷりをみても、なにやら、王子様モノっぽいですね。(九蔵を形がなくなるまでボコボコにするとは……)
 人質事件の展開もなかなか面白かったと思います。


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