梅色夜話



◎初茸狩は恋草の種 義理の包物心のほどくる事 (巻三の四)
 能登屋藤内(町六方)×沼菅半之丞(武家子息)←竹倉伴蔵(浪人)


 美作国・津山の古い城下に、沼菅蔵人という人がいる。その子息・半之丞は並びない美少年で、春は限り短い桜をあざむき、秋は月が満ちるのを欠けるという風情で、彼を見て思い悩まない人はいない。

 津山というところは海が遠いので、久米の皿山と評判の麓に、初茸(きのこの一種)がたくさん生えているのを、草分け衣を露にぬらし、城下の武士たちはこれに狩りをして、勤めの暇(いとま)をなぐさめ、折からのつれづれをもなだめていた。
 
 半之丞も、今日は霧が絶え間がちで、尾花(ススキ)を吹く嵐も静かなので、若党をわずかにめしつれ、ひそかに出かけた。(お忍びなのは城下のアイドルだからか?)
 編み笠を被(かず)いて姿自慢の色香をふくみ、嶺の紅葉を一枝手折らせ、渓(たに)に知り合いの草庵があるので立ち寄って、しばらく安らいでいた。

 同じ家中に、国守に奉公を望む、竹倉伴蔵という男がいた。
 彼も初茸狩りに誘われて来ていたのだが、最前より半之丞を見て恋沈み、跡を慕ってこの庵までついてきたのだが、唐突に言葉をかけるべききっかけもなく、立ち尽くしていた。

 半之丞は常々詩歌に心をよせており、この庵の僧と「楓林の月」という題の心を発句に詠み、二、三返吟じていた。
 その吟声の艶なるのを聞くにつけて、思いがいや増しになるのだが、伴蔵もかねてからこの歌の道を好む風流人であり、このような推量(おもいやり)は、高き賎しきを隔てない習いだから、「粗忽ながら」と即座に対句を詠み、数々思いをこめて綴った。
 半之丞が、
 「まあ、かたじけないお心ざし。どなたとは存じませんが」
と、頂戴なさるのをきっかけに、伴蔵は竹縁にねじあがって名乗りあった。しかし恋の情をあらわにしては、心の浅ましさを見透かされるのも恥ずかしく、よいほどに挨拶をして帰っていった。

 その翌日。伴蔵はたまりまねて半之丞の屋敷へ見舞いにいった。
 折りをうかがい、伴蔵が自らの心底を語ると、半之丞は言った。
 「思し召しは大変ありがたく思われます。しかし私のようなものにさえ、世話を焼く者がいる、と申しますとおかしな言い方ですが……。
 そうは申しましても、それほどのご深切、あまりに過分に思われますので、せめては」
と、交わす玉の盃には底意がない(形だけで心は伴わない、という意味。伴蔵を傷つけないように振っている)ようにみえるのを、伴蔵は付け上がって、
 「お念比(ねんごろ)のお方はどなたですか」
と問う。半之丞は
 「これは異なことを、お尋ねにあずかっては大変困ります。わたくしのこれほどの気持ちに、そのお言葉は、ご自分様には似合いません。どんなに仰せられても、このことは申しません」
と、念者をいたわる心ざしである。
 その心は顔にも表れていて、伴蔵も強く言い切るには力なく、
 「お聞きしかかったうえは、お聞きしなければ気がすみません。ほかに知っている者に聞きましょう」
と言って、帰っていった。


 なんなく聞き出した半之丞の念者というのは、本町二丁目の能登屋藤内といって、有名な町六方(町奴。任侠者)として広く知られた者だった。心立ての結構な(気立ての良い)お侍は、藤内の部下たちにご機嫌を取るほどの器量であった。もちろん、身代(身分・財産)のよろしきにはかまわず(ホントはお店のお坊ちゃんとかなんでしょう)、心底のいさぎよい男である。
 半之丞は「町人にしては、感心な男だ」と思っていたのだが、折りを同じくして藤内も、半之丞のお姿を見初め、その命を、まだお返事もないのに差し上げてしまうと(そのぐらい好きだというコトをアピールしたわけですね)、それから半之丞は藤内をお可愛がりになり、この三年の念比である。

 そしてこの伴蔵という男は、生国は加賀国の人であり、水野何某の流れを汲む武道を磨く者であった。それが藤内を尋ねていって外へ呼び出し、頭から刀の反りを返し、
 「町人にしては腰が高い。下に居れ(土下座しろ)」
と、ただ大きく目を見開き、にらみつける様子である。
 藤内はまずぎょっとして、「自分にこれほどにもの言う者もいない。さては公儀の権威でもあるのか」と三つ指をついてうかがった。

 伴蔵は、刀を手にかけながら言った。
 「聞けばおのれめは、かたじけなくも沼菅殿の御総領を、もったいなくも兄弟分としているという。これを魔利支天(まりしてん)も憎しと思し召していることだろう。なれども、彼は姿をお見せにはならない。
 我は今、弓矢八幡大菩薩の神勅に任せて、ここに来た。殊に今日、半之丞さまのお姿を拝み奉り、お流れ(盃)をいただいた。これからは必ず、桓武帝の末孫・竹倉伴蔵平正澄が御後見をつかまつる。
 只今、八月二十八日より、その方、かの御門外にも、向脛(むこうずね)を運ぶことを、かたく禁止する。推参千万、言語道断、びくともすれば、首と胴とが後朝の別れになるぞ。さあ只今、返事は、返事は!!」
 大通りに両剣を横たえると、白昼の往来は、とどまって見物する。さしもの藤内も、この勢いに胸の鼓動は激しくなり、雷が落ちかかるような心地がして、ふるえながら、
 「いかようとも、ご存分にあそばし、私の一命をおたすけ頼み奉りまする」
と涙をうかべたので、不憫に思って、伴蔵は宿に帰った。(つづく)




 三角関係きたー!! 伴蔵サイテーだぜ!!

 初茸狩りの最中、城下のアイドル・半之丞くんに一目惚れした伴蔵さん。なんとか言い寄りますが、半之丞くんにはすでにお付き合いしている人が。
 それが、町奴の藤内さん。「町奴」というのは「強きをくじき弱きを助けることを信条とする人」のことで、見た目派手でコワそうなんだけど、実はすごくイイ人、みたいなイメージの人たちです。純情ヤンキーです。
 藤内さんは、その中でもリーダー的存在で、お侍からも一目おかれる存在。半之丞くんは、その男っぷりに惹かれていましたが、藤内さんも半之丞くんにゾッコンLOVE(古ッ)。命がけで愛を誓い、かれこれ三年も付き合っています。藤内さんを「可愛い」と思う半之丞くんの気持ち、なんとなく分かります。
 武家のご子息と、町のヤンキーとの恋……。う〜ん、萌えますね。

 しかし、それを許せないのが伴蔵さん。刀をちらつかせてすごみます。桓武天皇の子孫とか、平家とか言ってるけど、それホントなの? 神様の名前まで出して、ちょっとコワい人になってます;
 さすがの藤内さんも、町人ですし、刀を持ってトンデモなこと口走ってるのを相手にしては、手も足もでません。公衆の面前で土下座し、涙を流しながらの命乞い。かわいそう〜。

 半之丞くんが、思いやりで差してやった盃に、思い上がった伴蔵。伴蔵の「半之丞殿から盃を頂いた」という言葉を信じてしまった藤内さん。
 三角関係の行方は!? つづきをどうぞ↓




 これほどに名を得た男伊達の藤内も、さすがに町人ではしかたがなく、胸には炎が燃え立ち、
 「怨みは半之丞。あの男と盃までかわしたというのは、思えば許せないことだ。世の思惑、人のあざけり……。生きていても甲斐はない」
 藤内はすぐに半之丞の屋敷に駆け込んで、半之丞にあうなり、事の次第を言いも果てず、脇差で切り付けた。半之丞はひらりとよけ、
 「そう言っても、それには事情があるのです。まず落ち着いて、話を聞いてください」
と、止めるのも聞入れず、ひたすらに打つ太刀に、半之丞は右の肩先を負傷した。
 この騒ぎに、家老や家臣が走り出て、ふたりの間をさえぎった。家臣たちは、藤内を微塵に斬り砕き、「半之丞さまは深手のようです」と、みなで肩にかけて内に入った。
 藤内のことは「慮外者(無礼者)ゆえ、斬り捨てに致した」と奉行所に断り、死骸は藤内の弟・藤八に引き渡すということでおしまいになった。

 半之丞はそれほどまでの傷とも思わなかったが難儀して、しかし九月十二・三日ごろより、験気(病気がなおるしるし)を得た。
 「よくよく考えてみると、藤内のしたことはあまりに短気で、仕損じなさったとき、私が怪我を負わなければ、家来の手にかけて、みすみす殺させなかったのに。
 くやんでも仕方のないことだけど、去年の明日の夜は、ひそかにおぬしの部屋に連れて行かれて……。自ら東の窓を開け、南面のすだれを巻いて、しめやかに語り慰み、二人の仲にかわす枕は、傾く月の桂ならでは、知る人もいなかった。
 籬(まがき)の菊の露を受けては、不老不死の仙薬を求めてでも、末永い契りを誓っていたというのに、思いのほかのうき別れ。その言葉も、もはや夢になってしまったんだ。
 この懐かしい(惹かれる・愛しい)心の中を、露もご存知なく、はかなくお亡くなりになった時は、さぞ私を恨んだことでしょう。そうではない気持ちが、とても望みどおりにならない浮世に、竹倉伴蔵の憎い仕業によって、まざまざこうなってしまった。
 死ぬときは一緒に、と思う人を、先に行かせてしまった始末。これはどんな因果がめぐって来て、いまの悲しみがあるのだろう。
 思えば、兄分・藤内殿の敵は伴蔵だ。しまった。遅れをとった。けっしてのがさぬ!」
 半之丞はいまだ傷も癒えないというのに、駆け出しては気を失い、狂い出ては転げた。この正気ではない様子に、父親の蔵人をはじめとして家臣の者たちも、あきれながら押し沈めた。この下心(半之丞くんの行動のわけ)を知っている者は、ことさら哀れに袖を絞るのだった。


 さて、藤内の弟・藤八は、今年十六歳になるのだが、兄が無残に討たれたことを無念に思っていた。
 「所詮、敵は半之丞。この数年の心底をひるがえした侍畜生! 今に駆け込んで、一太刀恨みをはらそう。
 今夜、忍び入ろうとは思うけれど、仕損じては返って恥をかさねることになる。とにかく時期をうかがって」
と、こちらも常々死支度をして日を過ごしていた。

 その年の十月十九日の夜半。「沼菅半之丞、御見舞い」という声がする。
 藤八は「望むところだ」と身ごしらえして、尋常に討ち果たそうと、まずは座敷に通した。
 しかし、逢うより早く半之丞は涙を流し、
 「あなたにお目にかかるのも面目ないことですが、今まで命を永らえていたのは、これをあなたに渡したく思っていたからです」
 言いながら下着の片袖を引きちぎって、包んだものを投げ出し、前に臥す、と見えたのを、引き起こしてみると、はやくも懐の中で鎧通しという短刀を胸に差込みながら、息は絶えていた。

 さて、包んだものを開けてみると、竹倉伴蔵の首であった。これは、と切り目を見ると、血がついていない。どこかで洗ってきたのだ。
 この落ち着いた仕方に、藤八は途方にくれ、
 「何事も前世の業であるというのに、これほど潔い心底を知らずに、今まで半之丞をうらんでいた。もはや意味もない。これを機に、二人の成仏を祈らなければ」
 藤八は出家したという。(完)




 最後の最後に、藤内さんの弟で、しかも十六歳が出てくるとは! 半之丞くんの年齢は明かされていませんが、たぶんタメくらいでしょう。うわ〜。

 藤内さんは、裏切られたと誤解したまま、短気な行動に出て殺されてしまいました。むう残念。この事件で、半之丞くんは怪我まで負ってしまいますが、それでも藤内さんを怒ってはいません。それどころか「怪我さえしなければ守れたのに」と、自分を責めています。深い愛ですね。
 このときの半之丞くんのモノローグにも注目!
 「去年の明日の夜」「藤内さんの部屋へ行って」「枕をかわした」ですって!! きゃ〜///
 あれ、でも付き合って三年になるんじゃなかったっけ? 別にこれは「初めて」の時のことじゃないの? う〜んでも、懐かしんで思い出しているわけだし、内容的にも……。

 さて、今回の話のポイントは、三角関係や、半之丞くんの心底の潔さはもちろんなのですが、なんといっても武士の若衆さまと町人の念者さま、そして念者さまの弟という三人の微妙な関係。念者さまのご兄弟がからんでくるのは珍しいですね。
 その関係の微妙さは、各人のセリフにもあらわれています。
 まず半之丞くんは、藤内さんのことを「藤内殿」とよび、敬語も使っていますが、ときどき「おぬし」という同等以下の対人称を使ったり、なんとなく上からものを言っているような感があります。たぶん、無意識のうちに藤内さんを尻に敷いているんだと思います。
 藤内さんは「半之丞」と呼び捨てみたいですね。強気(?)に出ているみたいですが、まあ町奴ですし。出会いから呼び捨てに至るまでのエピソードを妄想したいです。
 そして藤八さん。兄の恨みがあるといえ、武家のおぼっちゃんを「半之丞」と呼び捨てた上に「侍畜生」とまで! 絶対これは、兄を殺された以上の何かがありますよ! 自慢の兄ちゃんを奪われた嫉妬がありますよ、絶対!


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