◎東の伽羅様 巻二の(四) 伴の市九郎(津軽町人)×小西の十太郎(仙台町人) 仙台城下に、小西の十助という薬屋があった。その奥への通い口に暖簾がかかっていて、その隙間から、一たきの香の薫りがもれてくる。 通りがかりにその香りを聞くと、おそらくこの国の殿様が所持しておられる白菊の香にも劣らないほどの余香である。市九郎は、その香を袖に留める人を慕わしく思い、店先に立ち寄った。 「奥から聞こえるあの香木をいただきたい」 と言うと、主人は 「倅がたしなんでいる伽羅ですから、それは思いもよりません」 とつれない返事をした。 それを聞くと、ますます恋焦がれて、しばらく店先で休んでいた。 伴の市九郎という男は津軽町人で、衆道を浅からず好んでいた。 市九郎が、江戸を目指しているのは、今、堺町で評判の出来島小曝(できしまこざらし:歌舞伎の若衆方のち若女方)に恋焦がれ、若衆買いをせんためである(かなりの衆道好きだ)。田舎にはまれな身のこなしの人であった。 この市九郎の粋な姿を、薬屋・十郎の息子、十太郎が見初めた。 「私が今若衆盛りだといっても、あと五年も続くわけではない。今まで数百人から恋文をもらったが、開いてもみなかった。 人々から情け知らずだといわれたのも、気に入った兄分が見つからなかったからだ。今の男がもし私の心を不憫と思ってくれるなら、命がけで懇ろしたい」 と、にわかに口走り、目は乱気の様子であった。 乳母が「今の旅人を呼び戻して、お願いどおりになさったら」というので、十太郎はしばらくは心を落ち着けた。 十太郎は五歳のとき、習ってもいない大文字を書いて寺社の絵馬に掛け奉り、また十三歳のときには、『夏の夜の短物語』という草紙に、恋と無常の境を書き綴ったことがある。(神童だ!) 親は「十太郎は情けをわきまえ、思慮もあるのに、これほど取り乱すのは深い縁があるのだろう」と、不憫に思っていろいろと手当てしたけれど、往診ごとに脈が弱り、薬も効かない(まだ乱心が続いてたのね)。 もうだめだろうと、いよいよ死の訪れを待つ時に及んだ。 そのとき、十太郎は自ら頭をもたげて、 「うれしい。あの思うお方が、明日必ずここをお通りになる。それを絶対に引きとどめて逢わせておくれ」 と言った。 戯言だろうとは思いながらも、人を待たせて置くと、本当に市九郎がやってきた。 早速家に案内し、父親が仔細を話すと、市九郎も涙を流し、 「十太郎にもしものことがあったら、私も出家となって跡を弔いましょう。まずは病人にあって、この世のお別れを」 と言って、枕のそばに寄ると、十太郎はたちまちもとの元気な姿に戻って、市九郎に思っていることを残らず語った。 「私の体は家に残り、魂はあなたの行く先々に付き添って、人にはわからない幻の契りを交わしました。 中尊寺の宿坊で、一夜を明かされましたね。そのとき旅の夜着の下に恋焦がれて、物言わぬ契りをこめ、左の袂に伽羅の割欠を入れておきましたが、それは?」 十太郎が訊くと、市九郎は「ここにあります」と取り出した。 「今の話でこれまでの不審が晴れましたが、やはり不思議だ」 市九郎が言うと、十太郎は「証拠をお見せしましょう」といって、香木の欠片を取り出した。 つなげてみると、ぴったりと一致し、たいてみると同じ香りがした。 前世からの縁も深いのだろうと、二世までもと深く契約して、市九郎は十太郎を貰い受け、乗懸馬(のりかけうま)二匹の足音もいさましく、津軽に下っていったということである。 今回は珍しく町人同士のお話でした。しかも正真正銘ハッピーエンド! 全体的にちょっとワケの分からない、トンデモなお話しでしたが、ハッピーエンドですから! 終わりよければ全てよし。 これから二人はどうやって暮らしていくんでしょうか。ふたりの新婚生活を妄想しましょう。 しかし十太郎くんはすごいですね。モテっぷりがすごい。城下中の人から狙われているのねv それ故自信も相当なもの。 そんな十太郎くんは、一目惚れのしかたも普通ではありません! 心乱れて狂気の目つき。どうしちゃったの!? とうとう寝込んでしまった十太郎くんですが、その間に、魂が体を離れて、市九郎さんと共に旅をしていたとは、オドロキです。 眠っている市九郎さんの夜着の中へ入って、「物言わぬ契りをこめ」……ってナニをしたのよ? ダイタンな子だわ。 そういや市九郎さんは、若衆買いをしに江戸へ行ったんですよね? そのあたりのことはどうだったんでしょう?? 十太郎くんの親は、跡取り息子を、一、二回会っただけの男にあげていいんでしょうか。本人が納得なら別にいいんですけど……。 ☆重要語句☆ 伽羅(きゃら) 香木の一種、沈香の最上種。日本では、もっとも珍重された。 良いものを褒めて言うときにも使う。 伽羅香に限らず、美少年からは、なにかいい香りがします。 香を焚き染めるのは、若衆のたしなみだそうですよ。 |