梅色夜話



◎編笠は重ねての恨み 巻三の(一)
 白鷺の清八(髪結い師)×長谷川蘭丸(14、稚児若衆)←井関貞助(寺の居候)・その他坊主多数


 近江の築摩の祭りでは、所の習わしとして、その村の女で、離縁された者や夫に死に別れた者、また密通の現れた者などが、関係した男の数だけ頭に鍋をかぶって、神輿の行列にお供するという。(結構キツいお祭りですね;今もあるんですか?)

 そんな女たちの行列を見送って、野道を帰ってくる一行がある。
 皆しきりに汗の出るのを嫌がって、「都の富士」という今流行の大編笠をかぶっている。彼らは叡山の稚児若衆の一行で、その中でもこれこそ恋の根本と思われるのは、根本中堂の阿闍梨(あじゃり)の夜の友、蘭丸という者であった。
 たいへん美しい若衆であったので、叡山の山中で、彼に思いをかけない者はいなかった。

 蘭丸と同じ寺に居候している、井関貞助という男も、稚児たちと一緒に帰ってきたが、その道中で、蘭丸の笠の上に自分の笠を脱いで重ねた。
 するとその なよやかな風情がおかしげになった。貞助は後から指をさして、
 「女のすることを、男も念者の数だけ笠を被らせてやった。」
と大声でさけんで笑った。蘭丸は立ち止まって、
 「私に念者が何人もいるというのですか。ここは是非わけを聞かせてもらいたい。」
 「人からとやかく言われるまでもないだろう。そのさもしい御心に尋ねてみなさるがよい。」
 蘭丸は微笑んで、
 「私が師の坊の弄びになっているのは、本当の情の道ではありません。明け暮れ京から通って来る人こそ、私のたった一人の念者です。今もその人のことが忘れられないのに……」
 そう言って涙に沈む様子は、すこし気後れしたように思えたが、穏やかに取り扱い、皆もほかの話に紛らわして、なんのこともなく済んでしまった。

 蘭丸は、加賀の長谷川隼人という侍の末子であった。
 男子ばかり12人もあって、家は繁盛していたが、一度不幸がおこるとそれが続くもの。ある年の春から次々に、その年の霜を見るまでに、兄弟10人が帰らぬ人となった。
 母も悲しみに沈んだあげく、この世を去り、父は、残った金太夫という息子に家を継がせ、12歳の蘭丸を叡山に登らせ、自らも出家した。
 その時、「墨染めの衣を着た姿を一目見せてくれ」と言ったので(花嫁の父親か;)、去年も出家したいと申し出たのだが、「十五になるまでは」ととめられて、蘭丸にとっては不本意なことであった。
 貞助と果し合いをするのは、親の心ざしを無にする不孝の第一であるが、今日の辱めを晴らしたいという思いを抑えることは出来なかった。

 人々が寝静まった頃、この年月送られてきた、京の念者からの恋文を集めて、なつかしく見返していると、みな同じ筆跡ではなく、文章もひとつひとつ変わっている。
 考えてみると、自分では字を書くことができないので、その気持ちを人に話して書いてもらったのだろう。そのたびにさぞ気を揉んだことだろう、と思うと、いっそう愛しさが増さる。
 自分が死んでしまったら、その跡の嘆きも恨みも並大抵ではないはずだ。夜が明けたら都に行って、愛しい人にもう一度この姿を見せ、かりそめの添い伏しでもしよう。詳しく事情は語らず、それとなしに浮世の名残を惜しもう。
 そう思って人知れず涙を流すのだった。


 叡山の稚児若衆たちは、「柴刈り男のあらくれた手で、間に合わせに髪を結うのは気に入らない」と言って、みんな山を越えて京の三条橋のたもとにある床屋まで、はるばる髪結いに出かけるのであった。

 その職人のなかでも特に上手なのが、白鷺の清八という若い男だった。
 生涯、衆道に身を打ち込んでいたので、髪結いの業も優れていて(どういう理屈だ)、そのために大勢のお客が我先にと押し寄せる有様だった。<
 しかし清八は蘭丸が来ると、人の思惑などはかまわず、順番を待っている人を差し置いて、櫛も特別なものを使って、ゆっくりときれいに結い上げるのであった。

 ある時、蘭丸たちが髪結床を出て、麓道を歩いていると、風がひどく吹いてきた。皆はせっかく結った髪が崩れるのを心配して、綾杉の影に袖をかざし、髪を押さえながら晴れるのを待っていた。
 そこへ三条から清八が、蘭丸の後を慕ってやって来て、懐から櫛道具などを取り出し、「御髪がそそけるだろうと気になって、ここまで参りました。」と言いながら、元のように稚児たちの髪を直した。
 その心根の深く優しいのを見て、清八は蘭丸を恋い慕っているのだろうと、人々はその様子を察した。


 それから、蘭丸は清八を可愛く思い始め、清八に身をまかせ、行末久しく頼もしく思っていた。
 しかし、今日が最後の暇乞いとは夢にも知らない清八は、いつもと違って機嫌が悪く、四、五日訪ねてこなかったことを疑い、様々な当てこすりを言うのだった。
 蘭丸は味気なく思いながら、中宿(なかやど:出会茶屋)に誘って行き、心よく飲み交わして、酔っている間は枕に枕を近づけて、無理な言葉も素直に聞き流し、別れの時になれば、いつもでも涙であった。

 帰る途中、蘭丸は正直な寺男を召し連れて、研ぎ細工人の許に立ち寄った。
 こっそり後をつけてきた清八は、その様子をいぶかしく思い、その研ぎ屋に尋ねてみた。
 「事情は知りませんが、刀の目釘を打ちかえ、刃を研いで差し上げました」
 不思議に思った清八は、すぐに身支度をして、蘭丸の後を追った。

 西谷へ向かう道中で、悪僧達が手松明を輝かせて、早鐘を突きほら貝を吹き立てて、「蘭丸が貞助を討って逃げたぞ!」と手分けをして探していた。
 清八は「さては」と思い、後を追いかけて東の方に下っていくと、荒法師が五、六人で蘭丸をつかまえて、思うままに自害もさせない。
 「どうせ、逃れられず打ち首にあう身だから、何も思い残すことは無いだろう。
 日頃は盃なりとも、と皆が願っていたのに、つれなく相手をしてくれなかった。良い機会だから、この若衆めを酒の肴にして呑もう。」
と、坂の途中にある小売酒屋を叩き起こし、口の欠けた徳利を鳴らし、欠けた椀を持ってきて、蘭丸の手に持たせた盃から酒を口に移しつつ、
 「待てば時節も来るものだ。こうして自由にお情けにあずかれる。」
と、袖下から手を差し入れる者もいる。
 「今までは、人の言う事をよくも聞かなかったな。」
と、耳を引っ張る者もいる。後ろ帯をほどいたり、または頭に割紙(さきがみ:これが何かどうしても分かりません;)を付けたりして、いろいろとなぶるのだった。

 しかし蘭丸は、左右の腕を押さえつけられているので、仕方なくつらいめを見ていた。
 そのうち、法師は自分の舌先を蘭丸の口近く寄せてきた。蘭丸は歯を喰いしばって、悲痛の涙を流した。

 そこへ清八が駆けつけた。清八は法師どもを切り散らし、蘭丸を元気付けて、その場を逃れ、行き方知れずになってしまった。

 世間にはその噂だけが残り、三年ほどたって、ある人の言うことには、「修行者の姿となって、尺八を連れ吹いているのを、鎌倉の鶴が岡のあたりで見た」ということであった。



 この話の最大の見所は何と言っても、最後の私刑(リンチ)のシーン。
 元禄の文章ではリアリズムに限界があるので、想像力をフル活用して妄想してください。でも、これでも結構詳しく書いてある方ですよね。ドキドキもんです(舌だよ、舌!)。
 ああ、これで割紙がなにか分かればなぁ。相撲用語では、取り組み表のことらしいですが、それなのか?

 それから「あわや、で助けにくる恋人」という展開は、やっぱりイイですよね。王道v
 そのほか、蘭丸と清八の馴れ初めとか、清八の恋文のエピソードとか、展開にも無理はないし、『男色大鑑』の中でも、名作の一つだと思います。

 ちなみに、最初に「←貞助」と書いちゃったけど、どうなんでしょう。いや、コイツは好きな子ほどいじめたいタイプだ。絶対そうだ。


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