梅色夜話



◎嬲(なぶ)りころする袖の雪 巻三の(二)
 伴葉右衛門(「誰でも知っているお方」らしい)×山脇笹之介(小姓)

 ◇ 前略 ◇
 伊賀の国主の小姓・笹之介は、ある時小姓仲間四人と追鳥狩りに出かけた。
 しかし、降り積もった雪のためになかなか鳥は見つからず興も冷めるころ、以前から笹之介に執心していた葉右衛門は、こっそりついてきて自分の飼っていた鳥を彼らの目の前に放し、気持ちが慰むようにしてやった。
 後でそのことを知った笹之介はうれしく思い、葉右衛門と深く契りを交わした。



 ある時、長田山の西念寺の庭には桜が返り咲き、家中の人々も春がきたような心地になって、見物に出かけた。
 すばらしい情景に、人々は詩でも作りたいような気分になり、美しい花もやがては枯れてしまうことなどは忘れて、酒樽の出し口を仕掛け、少年まじりに酒を飲み交わしていた。

 宴も半ばになるころ、葉右衛門(はえもん)も花見にやってきた。
 すると、五十嵐市三郎という少年が、「これは幸い」と葉右衛門を引きとどめて、盃にこぼれるばかりに酒をついで指した。葉右衛門は、
 「かたじけない」
と通り一遍の返事をして、なみなみとなった盃を受けたが、酔いのうちにも、思っているのは笹之介のことばかりだった。
 その後、刀も脇差も忘れずに帰っていった。

 しかし、早くもこのことを笹之介に告げた者があった。
 笹之介は、胸に熱い嫉妬の火を燃やし、激しい風もいとわずに、門の外に立って葉右衛門が帰ってくるのを待ちかねていた。
 葉右衛門が帰ってくると、笹之介はすぐに彼の手を取って屋敷の中にいれ、路地の猿戸(庭の入り口などにおく簡単な戸)の錠をおろし、雨戸も内側から閉めて、庭の中に葉右衛門ひとりを閉じ込めて立たせておいた。


 葉右衛門は、これは一体どういうことだろう、と心配になり、しばらくは声も立てないで様子を見ていた。
 そのうちに降り出した雪が、最初から積もりそうな気配で、はじめは袖に積もるのを払っていたのだが、枝の枯れた桐の木陰では、宿りの頼りにならず、次第にがまんできなくなってきた。肺からはいつものように声は出ず、
 「おい、死んでしまうぞ」
と、精一杯叫んだ。家の中からは、お茶くみの小坊主相手の笑い声が聞こえる。
 「まだ御付指(おつけざし)の温もりも冷めていないでしょう?」
と、二階から笹之介は言うのだった。
 「あれはまったく、何の気もなしにやったことだ。もうすっかり懲りてしまった。これからは若衆の歩いた跡も通らないことにするから」
 葉右衛門は詫びたが、笹之介は承知しない。
 「それならば、その二腰をこちらに渡してください」
と言って、刀・脇差を受け取ると、また指を指して笑い、
 「着物や袴もお脱ぎなさい」
と、葉右衛門を裸にしてしまった。
 「いっそのこと、さばき髪(髷をほどいた頭)になさったら?」
 葉右衛門はいやとも言わず、髪をほどいた。すると今度は、梵字をかいた紙(死人の額につける三角の紙)を放って、
 「これを額に当てなさい。」
と言った。
 今は息も絶え絶えになって、悲しさに体もふるえだし、本物の幽霊のような声になって、それからは、手を合わせて拝むことしかできなかった。笹之介は小鼓を打ち、
 「ああら、有りがたの御弔いや(謡曲の一節)」
と謡いだした。そして下を向いてみると、葉右衛門はしきりに目をまばたいて思いを訴えながら、立ち尽くしていた。
 その姿が、もはやこの世の最期かと思われたので、驚いて薬の入った印籠をあけようとしたが、その間にもう脈も絶えてしまった。
 笹之介はそのまま、その場で腹をかき切って、夢のような最期を遂げた。

 もはやどうにもならない悲しみの中で、いつもの寝間を見てみると、布団が敷いてあり、枕も二つ置いてあった。
 香を焚き染めた白小袖、あたりには酒盛りの用意もしてあった。
 笹之介の心根のほどが思われて、人々は思わず横手を打って感心した。



 ああ〜、また死にネタぁ〜。むむぅ。

 それにしても、なんという話でしょう。
 家中に知らない人がいないという有名人の葉右衛門さん。きっと色男でモテていたんでしょう、市三郎くんと言う子が、花見の席で誘惑しようとします。
 「御付指」というのは、自分が口を付けた盃を相手に指し、愛情を示すことです。
 みんなの前で若衆に恥をかかせるわけにもいかないので、とりあえず受け取ってはあげますが、心のなかではいつも笹之介くんのことばかり考えているのでした。
 しかしそれを笹之介くんに告げ口したヤツがッ!こいつです、こいつが全部悪いんです。きっとあること無いこと吹き込んだにちがいありません!(笹之介くんに横恋慕してるヤツかな?)
 それを真に受けてしまった笹之介くん。抑えきれない嫉妬(江戸語じゃ"悋気")の炎が、彼の眠っていたSっ気を呼び覚ます!

 そうです。この話は、男色文学研究家の方々からは、「男色におけるSM」と呼ばれている有名な一編だったのですね。
 
 葉右衛門さんが帰宅するや(彼らは一緒に住んでんのか?)、雪の降りだした庭に放置する笹之介くん。
 それから、怒涛の責めが始まります。笑いながら、念者さまの着物を脱がせていく笹之介くん。なんておそろしい子!!
 しかし、それにおとなしく従う葉右衛門さんも葉右衛門さんです。やましいコトをしたのは確かですが……。立場弱いなー。それともただのM気質?

 とうとう笹之介くんは、葉右衛門さんを殺してしまいます。まさに「なぶり殺し」。でも、彼は本当は、そんなつもりなんてなかったんです。
 今日だって、寝間には愛する人と楽しく過ごす為の準備をして、そのお帰りを待っていた。その人の息が絶えれば、自分の命など惜しいと思う間もなく、同じ旅路を追いかける。これが笹之介くんの過激な愛情!!
 なんて悲劇。すべては、冬の寒さがいけないのです。


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