梅色夜話



◎序

 今となっては昔のことだが、世に西山の瞻西上人(せんさいしょうにん)といって、道学兼備したる人は、もとは比叡山東塔の衆徒・勘学院宰相の律師(りっし)桂海という人であった。
 桂海律師は、内典(仏教の典籍)・外典(儒教等の経典)に明るく、あるときは忍辱の衣(袈裟)の袖に摂衆の慈悲を包み、あるときは催伏(さいふく:屈服させること)の剣の刃に、猛気の勇鋭を振るう。誠に、真俗の頼み所、文武の達人であった。

 律師が三十路になった頃、俄かに自身の仏門にありながら、明け暮れただ名誉と利益のみを求めて、出離生死(解脱)の営みを怠っていたことを、浅ましく思い始め、やがては深い山奥に、しばしの隠れ家を結んで過ごそう、と思うのだが、旧縁のつなぐ所は離れがたく、いたずらに月日を過ごしていた。


◎第一

 これほどに思っていることが叶わないのは、悪魔が私を妨げているのだろうか。それならば、仏菩薩の擁護を頼んで、この願を成就させよう。そう思った律師は石山寺に詣で、七日の間、五体を地に投げ、一心に誠を致して、道心堅固ならんことを祈った。
 そうして七日後の満願の夜、礼盤(らいばん)を枕に少しの間まどろんでいると、夢を見た。
 
 仏殿の錦の帳の内から、容顔美麗で言葉に言い尽くせないくらい貴やかな(上品な)稚児が姿を現し、散り乱れた花の木陰に立ち安らいでいるので、青葉がちに縫ってある水干が、遠山桜に花が二度咲いたのかと疑われた。そのうちに稚児は、雪のごとく降りかかる花びらを袖に包みながら、何処へ行くとも分からぬまま、暮れ行く景色の中に溶け消えて見えなくなった。
 
 そこまで見て、夢は覚めてしまった。


◎第二

 これはつまり、所願成就の夢想であろう。律師は嬉しく思って、まだ東雲の明け果てない間に、石山を発った。
 外からやって来るべきものを待つように、今や道心(私欲のない心)の起こることを待つばかりでいると、「山深くに住みたい」と思っていた心は失せて、夢に見た稚児の面影ばかりが、片時も身を離れない。
 しかし、その面影も実物ではない。やる方ない思いに耐えかねて、もしかすると気が慰むかと、一炉の香を炊いて仏前に向かうと、漢の李夫人の反魂香(はんごんこう)の煙に身を焦がしなさった武帝の御思いも身に知られる。
 
 山王の神託に、私一人の衆徒を失うことを悲しみなさっておいでなので、私がこの山を離れることを山王が惜しく思われて、私の道心を妨げてさせておいでなのだろうか。たとえそのような神慮であったとしても、命の生きてこそ、仏法が衰頽(すいたい)していくのを、興すことができるのだ。
 今は、暮れを待つほどの露の命もないだろう。そう思い侘びていると、石山の観音こそをお恨み申そうと思い、また石山へ詣でて行った。




 プロローグから第二話(?)まで。(この「第一」「第二」というのは、底本にそう書いてあるものらしいのですが、一応の区切りにいいと思って、そのまま使わせてもらっています。)
 難しい仏教用語がいろいろ出てきましたが、雰囲気で読んでください。管理人も、よく分かっていませんので;

 さて本文。全くなにを言っとるんでしょうね、桂海さんは。ちょっと浮かれすぎです。もうちょっと、志を強く持ってほしいものです。でも、文武両道の美丈夫(と妄想)なのか……。念者にするには申し分ない!?

 これから、恋あり・ファンタジーあり・戦ありの複雑怪奇な展開になって行きます。多少のことには目をつぶって、想像力を酷使してくださいね!

第三・第四