梅色夜話



 ◎第五

 桂海律師は、夢と現の美しい稚児の面影に、起きもせず寝もしないで夜を明かし日を暮らしていたが、聖護院(梅若公が住んでいる所)の近くに、昔知り合った人がいたのを探し出して、あるときは詩歌の会にことづけ、あるときは酒の宴に興じた様子で、その家で一夜二夜を明かすことが度々になった。
 ある日、その家の主人が、
 「あの聖護院の梅若公というお方に付き従い申し上げている桂寿という子は、万情の色が深くて、上にも下にも賞翫されていることは間違いないよ」
と語ったので、律師は
 「その子を呼び寄せて話をすることは出来るだろうか」
と訊いてみた。主人は「安いことだ」と言って(律師の下心バレてる!?)、早速桂寿を招き寄せた。

 律師は桂寿と茶を飲み、酒をなみなみついで呑ませ、遊び興じるついでに、金の打枝(金で作った造花)の橘に薫物(たきもの:お香)を入れたもの、さらに色々の薄絹の小袖を十重(十枚)送ってやると、桂寿も律師の心ざしの深いのを見て取り、もはや心を隔てる様子はなかった。

 こうして桂寿の心を取った律師は、ようやく自分の胸の内を語った。
 「前世の宿縁なのでしょうか、私はかの梅若公の御姿を拝見してからというもの、万心は乱れ、観念座禅の行学にもまったく意欲がわきません。寝ても覚めても、ただ梅若公の御事ばかりを考えておりますので、妄執の月は晴れがたく、心地の花は開くことがありません。
 ですから、何も言わずにただ人助けだとお思いになって、御所中のお暇をお尋ねなさって、花の木陰の御戯れをも、今一目拝見させていただけたなら、それを憂き世の思い出にして罷り帰りましょう。
 ただ年頃日頃も知らない身でこのような事を打ち明けるのはどうかとはばかりましたが、心中に積って言葉に出せない思いが尽きないのは、冥顕仏陀の感応にもれ、我が身の行く末も浅ましくありますので、このようにお頼み申すのです。」

 律師が泣く泣く語るので、桂寿はあわれに思った。
 「それほどまでに御心ざしが深くていらっしゃるならば、一筆御文をたまわりください。梅若公に申し上げてお見せしましょう。さあ、なんの遠慮もなさらないで。」
 桂寿がそういうので律師はうれしく思い、すぐに色の濃い紙を取り出したが、思う心を尽くす言の葉は、どんなに紙を黒く染めつくそうとも、書き尽すことはできそうもないので、ただ歌ばかりになって、

 知らせばやほの見し花の面影に立ち添う雲の迷う心を
 (花の陰にほのかに見た花のように美しいあなたの面影を慕い、花に添う雲のように思い迷う気持ちを知らせたいのです) 

◎第六

 梅若公の許へ帰った桂寿は、律師の文を懐から取り出して、
 「これをご覧下さい。いつぞや雨の絶え間の花の木陰に立ち濡れてお行きになったのを、ある数寄人(風流人)がわずかに拝見しまして、それからというもの人知れず若公をお慕いしているのですが、もはや泣くばかりに思いを包みかねているようでございましたよ。」
 そう申し上げると、梅若公は顔を赤らめて、文の紐を解こうとなさった。しかしその時、公卿の子息である某の僧都とかいう人が、渡殿の板を踏み鳴らしながら内へ入って来たので、若公はこの文を見せまいと、袖の中へ押し隠しなさった。
 桂寿は「便り(タイミング)が悪いなぁ」と思いながらも、隙を待って日暮れまで伺候していると、しばらくして書院の窓からお返事を書いてさし出しなさった。桂寿は御文を取る手も軽く、うれしく思って、急いで律師の許へ持って行くと、律師は目を輝かせて無性に喜び、じっとしていられないようだった。
 さっそく御文を開いてみると、これもまた言葉はなくて、歌だけが書かれていた。

 たのまずよ人の心の花の色にあだなる雲の懸かる迷いは
 (うつろいやすい人の心に、浮気な雲が懸かっている迷いならば、身をお任せはしませんよ。OR それを望みません、という意味?)



 ほんの少し梅若公に近づいた(?)桂海さんです。
 うーん、梅若公の歌の意味、なかなか取りにくいです。若公は、世を悲観しているところがあるようなので、はっきりとした返事ができないでいるのでしょうか。まんざらでもない様子ですが…。和歌に詳しい方、私はこう思うという方、ご意見ありましたらよろしくおねがいします;
 
 さてさて、またまた生臭さ全開の桂海さん。恋に妄執するただのオトコに成り下がってますなぁ。
 そんなことより、桂寿くん!この子はいったい何者なんでしょうか。お酒も賄賂も素直にもらっちゃって(しかも高価なのをたくさん!)、なんとなくこういうコトに慣れてる感じが…。しかも身分を問わずいろんな人から可愛がられているってどういうことだ。梅若公はどう思ってるの? なんで律師の知人のオヤジが呼び出せるの? というかその呼び出しに答えちゃうんだ。…と、いろいろとナゾは尽きません。
 しかしなにやら梅若公と桂海律師との仲を取り持とうとしている様子(桂海さんのドコを気に入ったんだろう。一途さか?)。がんばれ桂寿くん!頼むぞ桂寿くん!

第七・第八