梅色夜話



 ◎第九

 桂海律師は、梅若公からの伝言を聞くや、心浮かれ魂乱れて、我が身がどこにあるのかも、分からない有様だった。
 更けゆく鐘を突きつき、つくづくと、月が南に廻るまで待ちかねていたところに、唐垣(白壁のへい)の戸を誰かが開ける音がした。
 書院の杉障子から遥かに外を眺めると、例の童・桂寿が先に立って、その手には、魚脳の燈炉(魚の骨で作った灯篭)に蛍を入れて灯したのを持っていた。
 その形は青螢(せいけい)として朧げであって、梅若公は、金紗の水干を召して、なよやかにうちしおれた(精神的に弱っている)様子で、誰か見ている人がいては、と篝(かがり)の下で立ち止まってためらっていらっしゃった。そこに乱れかかる青柳が、ますます言いようの無いほどに見えたので、律師はいつのまにかすでに惚れ惚れとなって、あるもあられぬさまであった。

 まず、桂寿が先に内に入り、蛍の灯篭を軒の御簾台の端にかけ、書院の戸を"ほとほと"とたたき、「ここにおいでになりました」と知らせると、律師はどのように答えてよいかもわからずに、ただ少しそばに身を寄せるようにして、自分がそこにいるということを知らせた。
 桂寿が庭に戻り、「お早く」と申すと、若公は先に立って妻戸から中にお入りになった。

 あれほどに遠いところにあった袖の移り香も、身に触れるばかりに寄り添って、傾けてしまえば、たおやかな秋の蝉の羽の初元結、ゆるやかに動く蛾眉の黛(まゆずみ)の匂い(ぼかし)、花にもねたまれ、月にもそねまれるべき百(もも)の貌ばせ、千々の媚。絵に描くとも筆は及びがたく、語るに言うとも言葉はない。
 涙とともに堅く結ばれた心の下紐は打ち解けて、小夜の枕を交わし………


 川島の水の流れのように、契りは浅いということはなく、行く末までの睦言もまだ尽きないというのに、閨は寒く、紫蘭の夢は覚めやすい。
 炉絶えて(時が尽きて)紅涙の別れも止めがたいので、篠の小笹の一臥(ひとふし)に、夜明けを告げる鳥の声も恨めしく、互いの着物は冷ややかになって、いよいよ別れを迎えようとする時に、明け方の月が西の窓からくまなく射し入った。
 すると、若公の寝乱れ髪のハラハラとこぼれかかる間から、眉のぼかしがぼんやりと、ほのかな顔ばせの物思いの色が深く見えた。そのさまに、別れた後の面影も、また会う時まで待つほどの命があるとも思われない。

◎第十

 律師は、梅若公をお送りして、暁に外に出たまま、いまだに内にも入らず、門の石畳に立ちつくして、去りかねていた。そんなときに、また桂寿がやってきて、若公からの御文だといって差し出した。あけて見ると、言葉はそれほど多くなく、

 我が袖に宿しや果てん衣ぎぬの涙に分けし有明の月
 
律師は書院に帰って、

 共に見し月を名残の袖の露はらはで幾夜嘆き明かさん





 最後の歌は、別れ際、涙ながらに一緒に月を見たことをうたったものです……。
 
 暗闇の中を、淡い光に包まれた美少年がゆっくりと歩んでくる。その表情は憂いか気恥ずかしさか…。
 男色文学の主人公の少年は、けっこう誘い受さんで、どーんと来い!という感じの子が多いような気がして、この梅若公もそうなのかしら?と思っていましたが、ちょっと躊躇している感じじゃないですか。
 やっぱり恥ずかしいし、緊張してるんでしょうね。桂寿くんに「早くっ」なんていわれちゃって、初々しいなぁv……って、桂寿くんはこの道の玄人なのか!?

 とうとう二人きりになれた桂海律師と梅若公。あれ、梅若公が律師と直接会うのって、これが初めてですよね。初会でいきなりか……。
 近くで見る若公の姿、顔……。ここではまるで律師と一緒に見ているかのように描写されています。存分に想像してくださいませ!
 この部分にある「傾く」とは、どういうことなんでしょうね。何を傾けたのか。心か顔か、それとも身体か……。それから、「苑傳(えんでん)たる(ゆるやかにうごくさま)」という表現がありまして、これは眉の形容なのですが、これをそのまま受け取れば、なーんで若公は、ゆっくりと眉を動かすのでしょうかね、ふふふ。
 「下紐が解ける」という表現は、心が打ち解けるという意味のほかに、文字通り、着物の下紐がほどけるという意味もあります。その両方をかけているのですね。

 そして、事前の描写が済むとすぐに、事後です。ちょっとあんまりだったので、勝手に「間」をおいてみました。とにかく妄想補完妄想補完!!
 事後の描写もあっけないですが、若公の寝乱れ姿はなかなかドキドキものです。ちょっと横になってみてください。ほらもうそこには、若公の憂いを含んだ濡れた瞳が、雪をあざむく白い肌が、月に照らされてきらきらと……!

 こういう妄想を掻き立てる、隠した表現技法は、勉強しなくてはなりませんね。日本語も卑猥にならず、美しいです。エロはなくても、胸が詰まるようなエロチシズムが感じられる、良いシーンだと思います。これ書いた人すげぇ!

 こうして、初めての夜を過ごしたふたり。しかし二度目はあるのか!? 一つの山場を越えた物語に、ありえない展開が待ち受ける!?

第十一