梅色夜話



 ◎第十一

 桂海律師は、まことに夢とも現とも分別のつかない梅若公の面影を身に添え、触れていた袖の移り香も、自分の物でありながら若公の形見(昨夜の思い出の品)にして、自分の山へと帰った。
 しかし、心はしおれ、世の人々が何か声をかけるのに、言い交わす返事もできない。
 ただ、自分で自分が泣いているとすら感じられない涙が、人目をひくので、「ちょっと病にかかったようだ」とみなに告げ知らせて、それからは誰にも会わずに、伏し沈んで日を送った。

 桂寿はこの由を伝え聞いて、梅若公に語り申し上げると、若公もまことに気がかりで気の毒なことだと心配して、ご様子はいつにもまして打ち沈んでいらっしゃるようだった。

 もうすぐ、律師からの音信(おとずれ:便り)もあるだろうと、しばらくは心に秘めてお待ちになっていたのだが、あまりに日数も過ぎたので、桂寿を呼び寄せて、
 「ああ…、在りし夜の夢路も実感が少ないというのに、気を起こさせる文もなくて時が過ぎてしまったのを、誰のせいのつらさにしましょうか。このままでは、もうすぐにでも遠ざかって終わってしまいます。
 あの方が風の心地(風邪気味)でいらっしゃるとかいうのを聞くと、露の命もどうなってしまうでしょうか。もしはかなく(お亡くなりに)なってしまったら、亡き跡を尋ねてもその甲斐はありません。
 どんな山奥であっても、あの方のもとへ尋ねて行きたいとは思うのですが、申し置きもしないでこのまま院を出れば、門主の御心にもさぞかしそむく事になるだろうと思われて、それも叶いません。
 行方を知らない徒人(あだびと:恋人 OR 浮気人)がただ言い捨てていった言の葉を実(まこと)にして、私に心を付けた(気に入る)のも、いったい誰がしたことなのですか。
 今のうちに私を導いて、どんな山やどこの浦であっても尋ねてお行き。」
 若公は桂寿を相手に御恨みをおっしゃり、涙をはらはらとおこぼしになった。
 やはりまだ、幼けなく揺らぎやすい御心であって、人にこの上もなく思い焦がれてしまったものは、何ともしようのないのが世の習いだから、ほんとうにこれも当然のことだなぁ、と桂寿は悟った。
 「その人のいらっしゃる所は、詳しく承っておりますから、お供申し上げます。しかしそうなれば、御所(若公の父の大臣)の御心もすぐれませんので、後で何なりともお申し上げなさりませ。」
 
 梅若公と桂寿とただ二人、行くべき方も知らず出奔してしまった。





 「一夜を共にした後に連絡が来なくなった→→カレにとっては遊びだったのかも!?」
 なんてコトが、よく、ものの本には書かれてありますけど、その大切なアフターケアを怠るとは、桂海め! 若公の悲しみ(と怒り)を見よ! 相変わらず浮かれすぎなんじゃい!!そして沈みすぎ。

 その心の病の種、今回心中を激白してくれた梅若公にも注目しましょう。
 この子、いままではどこか神秘的で、つかみどころのないように思えましたが、今回の言葉を聞いて、やっぱり普通の子(?)なんだなーとちょっと安心しましたv 桂寿くん曰く「いとけなきあだし心」。
 はじめは「寺を抜け出すなんて…やっぱり無理」って言ってたのに、しゃべっているうちにテンションが上がったんでしょうか(俗人と一緒にして、失礼な!)、「今のうちに連れていって!」とは驚きの発言です。ほんとに、心の底から桂海律師に惚れちまったんだねぇ。ああ、そばに行って、「大丈夫だよ」って言ってあげたい。
 桂寿くんも、若公の初恋成就のために、一肌も二肌も脱ぐ気漫々のようです。頼んだよ。

 さあ、とうとう寺を抜け出した、ふたりの道行のさきに待つものとは!? 無事に愛しい律師に逢えるのか!?

第十ニ・十三・十四