梅色夜話



 ◎第十二

 梅若公はもとより、三台九棘(さんだいきゅうきょく:三大臣と公卿)の家に生まれて、香車宝馬(美しく立派な車馬)の乗り物でなければ外出したこともなく、ほんの少しでも、いまだ泥土をお踏みになることがなかったので、旅のために足は弱り、心は疲れ果てて、これ以上は歩きなさることができないようだった。
 お手を引いていた童・桂寿でさえ、くたびれ果ててしまったので、
 「どんな天狗・化け物であっても、我らを取って比叡の山へ登らせておくれ!」
と言って、湖水の月に心を悩ませ、唐崎の松の陰に休んでいる所に、たいそう歳の寄った山伏が、四方輿に乗ってやってきた。
 輿をふたりの前に停めて、
 「これは、いずこへ行かれるのですか」
と問うので、桂寿はありのままに答えた。
 山伏は輿から下りて、
 「私は、お尋ねでいらっしゃる房の隣へ登るものでございます。あまりに御いたわしいご様子のようですから、私は徒歩(かち)で、歩いていきましょう。あなた方はこの輿にお乗りください。」
 そう言って、若公と桂寿を担ぎ乗せた。
 力者(輿をかく人)十二人、鳥が飛ぶように進み、広々とした湖水をしのぎ、暗い雲霧を分けて、わずかの間に大峯の釈迦嶽(大和国にある霊地)へ着いてしまった。
 
 しかしここに来て、ふたりは磐石(ばんじゃく:大きな岩)を積み重ねた石の牢屋の中に押し込められて置き去りにされてしまった。
 夜と昼の境も分からず、月日の光も見えない。苔の雫、松の風、涙の乾く隙もない。道俗男女多くの人が捕らえられていると思われて、ぼんやりと薄暗い室に、ただ泣き声だけが聞こえるのだった。


◎第十三

 その夜から、若公が失踪なさったのはただ事ではない、と門主のお嘆きがあって、至るところくまなくお探ししたのだが、行方を知っている人はまったくいなかった。そんなところに、東坂本から大津へ向かう旅人がすれ違い、
 「左様の少人(少年)は、昨夜亥の刻ごろに唐崎の浜で、お行きになるのにお会いしました。」
と語った。
 さてはこの間、忍んで言い交わす叡山の衆徒がいたと聞いたが、きっとそやつがかどわかした(誘拐した)のだ。そう思った院家のあわてようは申すに及ばず、一寺のうっぷん(怒り・恨み)は並々ではない。
 「若公の父の左大臣も(若公の失踪を)ご存知でないなどということはよもやないであろう。山門(天台宗の比叡山派)へ見方するとは難儀なことだ。まずは花園の左府の館(若公の父の屋敷)へ押し寄せて、恨みを申せ!」
 そう言って、寺門派(三井寺)の衆徒五百人あまりが、白昼に左府の館宅のある三条京極へ打ち寄せた。
 
 館近所の家臣が五十人あまりで、身命を軽んじて防ぎ戦ったといえど、三井寺の大衆は事もせず攻め入り、その間に、渡殿・釣殿・泉殿(屋敷内の建物)、甍をならべた玉の欄干を、一つも残らず焼き払ってしまった。


◎第十四

 園城寺(三井寺)の衆徒は、これにも憤りを発散させることはなく、一山一同に詮議すことには、
 「寺門の恥辱、これに過ぎることはない。所詮このついでをもって、当寺に三摩耶戒壇(さんまやかいだん)を立てれば、山門は必ず攻め寄せてくるはずだ(*)。これこそ、地の利について敵を滅ぼす仲立、その上邪執を退けて戒法を広める道になるだろう。天はここに時を与えた! 少しも躊躇するな!」
 一味同心の衆徒二千余人、如意越の道の所々に堀をつくり、寺中を城郭のように構えて、三摩耶戒壇を立ててしまった。

 (*)「三井寺には、僧侶に戒を授けるための壇(=戒壇)が設置されず、寺門派は、長年これを要望していた」そうです。



 ねぇ、みんな。知らない人に声をかけられたらどうすればいいのかな〜?っていってるそばから、車に連れ込まれてさらわれたー!!
 「絶対についていかない」というのは、現代の常識であって、室町時代にはないスローガン!?
 「だれでもいいから連れてって!」といった瞬間現れた、ナゾの輿と年寄りの山伏。どー考えてもアヤシイぞ。
 しかし、若公のやんごとなき生い立ちを考えると、しょうのないことです。だって土の上を歩いたこともないんだもの。(律師のトコロに来た時は?というツッコミは置いといて。)毎日あんなに走りまわっている桂寿くんでさえ「くたびれ果て(原文のまま)」る道のりですもの。
 それにしても、「美少年ふたりが手を引き合って行く」というのは、なかなか百合っぽくてよいですなぁv

 「送ってあげるよ」という有難い言葉。しかし、世の中そんなに甘くない。ナゾの集団によって、どこかに閉じ込められてしまった若公と桂寿くん! ふたりはどうなってしまうのか!!

 そして、若公の失踪が意外な波紋を呼んでしまいました。三井寺の坊さんたち大暴走!!
 桂海さんとのことがバレていたのはしょうがないことですが、その律師が誘拐したと決め付ける。まあ、敵対している相手ですから、そう考えるのも無理はないでしょう。
 問題はここから。親が自分の子供の失踪をしらない分けがない。若公から相談されていたのか知らないが、それを黙っていて、山門派の僧との交際を許すとは、裏切り者め!
 で、いきなり攻め込むのか!? お父上もかなり驚いたことでしょう。息子は恋が原因で失踪&いきなりの「手のひら返しテロ」。「わしゃ、なんも知らんぞ;!」と言う大臣の声が聞こえてきます。
 大臣の家は焼け野原。それでも三井寺の坊さんたちの怒りはおさまらず、矛先は山門派へ。いや、そもそもここがはじめの目的地なんですがね; あわれ、とばっちりの左大臣。

 腹を空かせたオオカミの群れに、薄幸の美しき子羊が一匹(いえ、二匹にしておきましょう)。しかし、容易にいただくことはできない。そこへぽっと出てきたトンビに油揚げ。
 日頃のストレスと政治的(?)問題が混ざり合った暴動の行方は?

第十五