梅色夜話



 (今回ほとんどBL要素はないのですが、物語の転換点なのでぼちぼち見てやってください。)

 ◎第十五

 山門派の僧達は寺門派の行動を聞いて、どうして蜂起しないなどということがあるだろうか。戒壇の事が原因で園城寺へ発向する(攻める)のは、すでに過去六度に及んでいた。もはや事態を公家に奏し(申し上げ)、武家に訴えるまでもない。時をかわさず押し寄せて焼き払え、と言って、末寺末社3703ヶ所へ触れ送ると、まず近国の勢が馳せ集まり、山上・坂本に充満した。
 
 十月十五日は中の申の日であって、これに勝る吉日はないだろうと、十万余騎の勢を七手に分け、敵(寺門派)の前面・背面から打ち寄せた。
 あるいは広く果てしない志賀・唐崎(琵琶湖の地名)の浜風に駒(こま)を鞭打つ衆徒もある。あるいは漫々とした煙波、湖水の朝凪に舟の棹をさす大衆もある。

 山門派が思い思いに攻め入る、その中で桂海律師は、
 「いまこの事の原因はすべて我が身から起こった災いである。人より先に一戦戦って、名を後々の記録にまで残そう」
と思ったので、優れた同宿・若党を五百人、みな神水を飲んで、五更(午前4時ごろ)の空もまだ明けないうちに、如意越から押し寄せた。

 前面背面・城中の、総勢十万七千人が、同時に鬨の声(ときのこえ:開戦の合図・士気の鼓舞のために発する声)を挙げたので、大山も崩れ、湖水も傾いて地底へ落ちてしまうかと疑われる。
 負傷したのもかまわず、死をも恐れず、敵を乗り越え乗り越え攻め入ると、攻め寄せる軍勢(山門方)には、本院に習禅・禅智・円宗院・杉生・西勝・金輪院・杉本・坂本・妙観院が、西塔に常喜・乗実・南岸・行泉・行往・常林房が、横川に善法・善往・般若院が集まり、三塔が共闘するのはいうまでもない。

 ここが勝負の別れ際、と防ぎ戦う寺門方の大衆には、円満院の鬼駿河・唐院の七天狗・南の院の八金剛・千人切りの荒讃岐・金撮棒の悪太夫、八方破りの武蔵坊・三町つぶての円月房・提切り好みの覚増……、義を金石のごとく堅く守り、命を塵芥のごとく軽くして、打ち出で打ち出で防ぎ戦う。
 鏃(やじり)は甲冑を通し、鉾先は煙塵を巻いて、三時ほど戦うと、山門方七千余騎が手負いになり、半死半生の状態になってしまったので、寺門方の城は、永久の時を経ても、落ちるとは思われなかった。
 
 桂海はこれを見て大いに怒り、申し上げた。
 「なんとふがいない人々の合戦の仕様! 幾程もない堀一つを死人で埋めようとするのに、どうして攻め落とさないでいられようか。
 我こそはと思う人々は、続いて桂海の手柄のほどを見よ!!」
 あくまで荒言を吐いて、薬研堀の底の狭い中へ、かっぱと飛び降り、二丈あまりに思われる切岸の上へ、多くの楯を踏んで跳ね上がり、塗り外してある塀の柱に手をかけ、ゆらりと飛び越えて、敵三百余人の中へ乱れ入った。


 提切り、袈裟切り、車切り、桂海は一刀を背けて持つ。退いて進む追っかけ切り、将棋倒しの払い切り、磯打つ波の捲くり切り、乱紋、菱縫い、蜘蛛手、かなくわ、十文字に乱れ切り、四方八方を追いかけて、足を止めずに斬って回る。
 如意越を守っていた兵の三百余人は、かなわないと思ったのだろう。右方左方へ逃げ落ちていった。
 続いて八方が攻め入ったので、桂海の手の者五百余人が走り散って、院々谷々に火をかけると、魔風がしきりに吹き、余煙が四方に覆った。
 それによって、金堂・講堂・鐘楼・経蔵・阿弥陀堂・如意法堂・教侍和尚の御本房・智証大師の御影堂・三門跡の御房にいたるまで、すべて三千七百余棟の建物が、一度に灰塵と成り果てて、新羅大明神の社壇以外は、残る房は一つもなかった。




 情緒溢れるラブストーリーが一転、大バトル小説に!! ああ、おどろいた〜。
 今回は、ツッコミどころ満載ですねー(笑)。とにかく、山門派も寺門派も、当初の目的忘れてませんか? いつのまにか、互いのうっぷんを晴らす……いや、もう本能のままに戦っているとしか思われません。
 桂海律師だけは、一件の当事者として、信念をもって戦うのかと思えば、「名を後々まで残そう!」 おいッ、そうじゃないだろ!
 しかし、そう言うだけあって、桂海さんの戦いっぷりはかなりカッコ良い!! 敵陣へひとり飛び込み、ばっさばっさと斬り伏せる! そういや、物語冒頭の人物描写で、「剣をとっては勇鋭で…」みたいなコトいわれてたしなぁ。いちおう、キャラ設定的にアリなんですね。

 それにしても、ものすごい大戦争です。山門派は総勢10万人強! あの関が原の戦いでも、東西各8万人ほどと言いますから、スゴイです。実際、山門VS寺門の戦いは、過去何回も起きていて、堂塔の焼亡することもしばしばだったとか。ここに書かれたような戦いだったのでしょうか。調べてみたいですね。
 対する寺門派の面々を見ると……。何でしょう、この悪魔超人みたいな方々は。鬼だの天狗だの、金棒だの、つぶてを三町(約300m)飛ばせる人とか……。ここは笑う部分なのか!?

 美麗で修辞的な文を書くかと思えば、急に文柄・物語柄を変えるわ、シリアスにコメディーまぜるわの、何でもアリな何某先生の筆がさらに冴える、次回は「梅若公救出!?」でファンタジー?

 でも何某先生(作者不詳)のそんなところが大好きだー

第十六・十七