梅色夜話



 ◎第十八

 竜神に助けられた道俗男女は皆別れて、そこから各々帰っていった。
 梅若公と桂寿も、我が故郷・花園へお行きになったのだが、あれほどの甍を並べて造られていた家々はみな、焼け野原となって、事情を問える人もいない。辺りにあった僧房で、事の次第をたずねると、
 「左大臣(若公の父)の御殿は、公達(ご子息)の若公が比叡の山に奪われなさいましたのを、御里にお知らせにならないなどということはないだろうと、三井寺から攻められて、焼き払われてしまいました。」
と語った。
 左大臣の御行方をたずね申し上げたいのだけれども、立ち寄るべき宿もない。それならば、三井寺へ行って、門主の御事をお尋ねしようと、たどるたどる、桂寿が若公の御手を引いて(←萌vv)、三井寺へ向かった。

 三井寺の有様をご覧になると、仏閣・僧房のただ一棟も残らずすべて焼き払われて、閑庭の草の露はしたたり、空山の松は風に吟じていた。これが、かつて私が住んでいた処の有様か……と見れば、礎の石も焼け砕け、苔の緑も色枯れ、軒端の梅も枝枯れて、匂いを待つ風もない。
 あらゆる物につき、変わり果ててしまった世の哀れ、ただ私のために起こったことであるから、さぞ神慮にも違え、人の噂にもなったことだろうと、浅ましく思われて、見るに目も当てられないのだが、長年住み慣れたところであるから、そのまま見捨てるのも名残惜しくて、その夜は、新羅大明神の御拝殿に湖水の月を眺めて泣き明かした。


◎第十九

 門主はもしかすると石山に居られるのではと、若公は尋ねてお行きになったけれども、「ここにもいらっしゃらない」と言われた。そこで、桂寿は、
 「それなら、今夜は参詣の人のふりをして、本堂にいらっしゃって下さい。わたしは山門へ登りまして、律師の御房を尋ねてまいりましょう。」
と申しあげた。


 若公は、今はただ、"浮世にあらぬ身"となろうと、深く思い定めていらっしゃる御心であった。もういい、かえって引き止める人もいないなら、心のままにいかなる淵河にも身を沈めよう。
 そうお思いになって、泣く泣く消息(安否)の文を書いて桂寿にお渡しになった。

 これを限り、とはきっと知らないだろう。そうお思いになると哀れで、若公は桂寿を遙遠くに見送って立っていらっしゃった。

 桂寿は御文をいただいて、急いで山へ尋ね登っていった。桂海律師は桂寿を見るなり、それ以上はものも言われず、たださめざめと泣いた。
 桂寿も涙を押し拭って、この間にあった事を語ろうとすると、律師は「まずは御文を拝見しましょう」と言って、押し開いてみると、あやしげな心情の歌があった。

 我が身さて沈みも果てば深き瀬の底まで照らせ山の端の月



 
 むむむッ!なんだか哀しいことになる予感がびんびんにしますが……

 ついに、惨事の後をご覧になってしまった若公。実家も住み慣れた寺院も、すべてが灰になったのを見るのはどんな気持ちなんでしょうか。しかも、お父さんとお師匠さま(門主さま)が行方不明。
 これがすべて、自分のせいだというのです。いえ、ホントに悪いのはつまらないことでいがみ合う大人なんだけどね。(そして三井寺を焼いたのは君の愛しいあの人なんだよ……。あのヤロー!!) 若く幼い二人では、開き直ることも慰めあうこともできません。

 そんなガンガンにあっち側のフラグが立っている中にも、萌を忘れないのが何某先生。もはや歩く気力もないであろう若公のお手をつないで案内する桂寿くん。なんという健気な子なんでしょう。若公を心配させまいと、気丈に振舞う……。
 でも、律師が泣くのを見て、つられて涙が出てしまったのですね。それを拭う姿も可愛いわ。
 そして今回は、若公の桂寿くんへの思いも垣間見られたような気がします。桂寿くんは、若公の大切な童なのです。
 ふたりの微妙な、しかして絶妙な関係性は、主従関係における新たな萌境地ですね。

第二十・二一