梅色夜話



◎『根南志具佐』(三)

 まことに、娑婆では美しいもののことを、「天人の天下り」などというけれども、此処では、常にみる天人であるから、美しいとも思わない。路考(菊之丞のこと。菊之丞の俳名)と比べてみると、閻魔王の冠と、餓鬼のふんどしくらいのちがいである。
 聞きしに勝る路考の姿、古今無双の器量であるなぁと、十王をはじめ、見る目・かぐ鼻(閻魔庁で人の善悪を判断する者)、其の外その場にいた牛頭・馬頭、阿防羅刹まで、感じ入る声は止むことがないので、閻魔王はしらずしらずに目を開き、絵をご覧になった。そして……。
 
 この上もなく艶やかなその姿に閻魔大王の心は動いた。
 はじめ笑っていたことなどはどこへやら、ただ呆然と抜け殻のようになって、思いがけず玉座から転げ落ちなさったので、みなは驚き抱き起こしさしあげた。

 閻魔王はしばらくして正気を取り戻しなさって、ため息をほう、とついた。
 「さてさて、みなの見る前で面目もないことではあるが、俺は思わずも、この絵姿のみやびやかであるのに迷い、この心をつくづくと案じてみると、古から美人の評判というものの数々あるなかでも、路考に並ぶべき人はいない。
 西施のまなじり、小町の眉、楊貴妃の唇、かぐや姫の鼻筋、飛燕の腰つき、衣通姫(そとほりひめ)の衣装の着こなし、そのすべてをひっくるめたこの姿!! 花にも月にも菩薩にも、またあるようにも思われない。まして唐・日本の地にこのような者は二度と生まれることはない。
 よって、俺はこれより冥府の王位を捨てて、娑婆に出てこの者と枕をかわさねば、王位の貴さもなんになろうか!!」
 閻魔王は取り乱して、浮かれでようとなさったところに、宗帝王が駆け出て御袖を取り押さえ、渋い顔をして申し上げた。
 
 「これはけしからぬお振る舞いでございます。わずか一人の色に溺れ、この冥府の王位を捨てて、娑婆で人間に交わりなされば、地獄極楽の政を行うものもなく、善悪を正すところもなくなってしまいます。
 このような貴き御身を、野郎買い(若衆を買って遊ぶこと、人)と成り果てなされば、地獄極楽の破滅は瞬く間におこるでしょう。そのようなことにお気づきなさらぬお年でもありますまい(いくつなんだろう?)。
 また、譬え当世の流行にしたがって、蝙蝠羽織に長脇差、髪を本田に結って、銀ぎせるをもって、野郎買いに見せかけたとしても、モテる御顔ではいらっしゃらないでしょう。
 そのお姿で娑婆をぶらつけば、すぐに怪しい奴、と召し取られて憂き目を見るのは分かりきったことです(けっこうひどいこというな)。
 これでも御得心なければこの宗帝王、御前にて腹かっさばき申しあげます。ご返答を!」
と、諌めるところに、平等王がしづしづと立ち出て申し上げた。

 「宗帝王の諫言は、古今数々の忠臣にまったく劣るべきものではございませんが、日頃お片意地の閻魔大王、いったん仰せ出されたことは、変じなさらない御気性です。いかにお諌めなさろうとも、馬耳東風。
 しかし、この男にも女にも見える、見目良き路考の姿に、冥府をお捨てになるとは、地獄極楽の主たる閻魔大王の智とはいえません。
 是非にお望みのことであるならば、使いを遣って、路考を召し取ってまいりましょう。みなさまいかがですか?」

 一座の人々は口をそろえて、平等王の評議はまったく道理に当たっている、と言い、当たって砕ける(実行力のある)閻魔王も、尤もだとお聞きになったので、さっそく路考を召し取らせる使いを詮議なさった。
 
 まず、泰山王が、
 「そもそも、人は生まれれば、定まった寿命でなければ此処へはこれない習わしになっております。まずは定業帳(人間の寿命を記したもの)を詮議なさりませ。」
といって、定業帳を取り出させてつくづくと申された。
 「"宝暦十二年霜月佐野川市松、十三年七月中村助五郎、腫物にて死すべし……"とはありますが、菊之丞の命はまだ尽きる時節ではありません。
 御使いを使わされたとしても、かの国には、伊勢・八幡をはじめ、菊之丞の氏神王子の稲荷など、やっかいな相手がおりまして、この界をも見下す、手におえないうるさ方が大勢で守っておりますから、表立っての御使いでは思いもよりません。この義はいかに。」
 
 初江王が進み出て、
 「それこそ安いことだ。天狗どもに申し付ければたちまち掴んで参ろう。誰かある、天狗どもを召し寄せよ。」
と申せば、五官王がしばしと押し止め、
 「いやそれは良くないでしょう。情を知らぬ天狗どもが、力任せに引っつかんで傷でもついたら悔やんでも返りません。それより厄神を遣わすほうが近道かと。」
 変生王は頭をふって、
 「いや、疫病神といえども、手短に殺すのは難しいことだ。菊之丞の体に病が伝わる間、大王は御待遠であるから、疫病神は無用だ。それよりも、ヘタな医者にでも申し付ければ一服で殺してしまうだろう。」
 みなは「もっともだ」とうなづいたが(江戸的ブラックジョーク)、閻魔王はしばらく御思案あって、
 「いやいや、近頃の医者どもは、病は見えず薬は覚えず、みだりにきつい薬ばかり使って殺すゆえ、死んで此処へ来るものは、格別に色も悪くやせ衰えている。かわいい路考も、薬毒にあたって死んだならば、花の姿も引き換えてしまう。そうなっては、呼び寄せてもしょうがない。
 どうにか無事に取り寄せて、互いに熱い情と手枕を交わして日の本の若衆の肌に触れたいものだ。片時もはやく呼び寄せて、俺の思いをはらさせてくれ。」
 閻魔王はしおしおと仰るのであった。



 さて、思いがけず菊之丞に一目惚れしてしまった閻魔さま! でも、絵に一目惚れてんだよなぁ。
 しかもこの絵がまたスゴイ! これが男の人を描いた絵の描写なんでしょうか!! 見たいなぁ。絵も見たいけど、本人も見たい。誰かタイムマシーンを作ってください(切望)。

 そして、菊之丞(路考)をつれてこようとイロイロ画策する閻魔庁のヒトビト。菊之丞の気持ちとか全く無視なんですね; そんなワガママな閻魔さまも好きさv

 さらに、次々に出てくる十王たち。けっこうキャラ立ってると思いません?
 古今東西、たくさんの冥府モノ・天上界モノの漫画や小説がありますが、これもそんなノリで妄想してます。お気に入りは平等王です。なんか礼儀正しく大人しいふりして、結構腹黒いとことか(妄想)。(ちなみに、この場面はなぜか魔夜峰央氏の画風で妄想されております。雰囲気似てる?)

其の四