梅色夜話



◎『根南志具佐』(五)

 さて水府・竜宮城には、先ほどの閻魔大王からの勅命について評議のため、諸々の鱗(うろずく:魚類)たちが、列を正して詰め寄せた。そこで、龍王が仰せ出されたのは、
 「我(われ)がこの水中界の主となり、多くの鱗を養っているのも、すべては閻魔大王の御恩である。なれば、このような時に忠義を尽くさずして、何時、御恩に報い奉ろうか。
 しかし、人界・水中界と、世界を隔ててのことであるから、容易く取り得ることもできまい。もし此の度の御用を仕損じたならば、我々は水中を離れて、いかなる所へ追い立てられるだろうか。須弥山にでも左遷となれば、道中で皆干物となってしまう。急ぎ菊之丞を召し取る思案をせねば」

 まず、最上席に座した鯨が、ゆうゆうと立ち上がって申し出た。
 「仰せの通り、龍王様の御大事でございます。
 私めは不肖ながらも代々大家老の職を相務めまして、また家老の座に連なる鰐(わに)・鱶(ふか)たちとも、内々に評議いたしましたところ、まずは人間界の様子をよく知らなければ、謀(はかりごと)も思いつかないだろうと存知付きまして、手下の者どもを忍びに遣わしました。これでおそらく様子は知れましょう」
と、言いも終わらぬところへ、
 「御注進!御注進!」
と、叫びながら一生懸命になってころころと転がりやってきたのは蜆(しじみ)であった。

 蜆はペラペラと人間界での体験を語っていたが、そこへまっしぐらに拳螺(さざえ)が走ってきた。
 龍王は、普段は彼等のような下々のものの話などは直接お聞きにならないが、甚だ急ぎのことであるから、「人間界の様子はいかに」とお尋ねになったのだが……。

 龍王は怒りを顕わにして、
 「汝等はなんとして、このような役立たずどもを忍びにやったのだ!
 こちらの入用は、菊之丞の舟遊びの日限であるのに、そのことは聞かず、なんの役にもたたぬことばかりを、見て帰ったといって重大そうに申すこと、言語道断の憎いやつらだ!
 このような大事に魚らしきものを遣らず、拳螺や蜆を遣ったこと、もっての外の不届き!!」
と、鱗を逆立てると、鯨はヒレを動かし、
 「仰せは御尤もでございます。しかしながら、遣わす者の詮議は致しましたが、他の者は水を離れて働くことができませんので、彼等を選び出したのです。
 ですが、御用に足らざりしこと、急度申し渡します。今一人、忍びに入れたのは、兼ねて上様もご存知の留守居役の鎌倉蝦(かまくらえび)でございます。年は寄っておりますが、才気煥発の者でございますれば、必ず聞き届けてくるでしょう」

 そう申し上げる折から、「鎌倉蝦、只今罷り候」と、腰をかがめて立ち出たので、龍王はご覧じて「様子はいかに」とお尋ねになった。
 「さん候。私儀は堺町(芝居小屋などがあった)からふきや町・楽屋新道・芳町あたりへ入り込み、よくよく様子を承り候ところ、来る十五日、菊之丞をはじめとして荻野八重桐など、舟遊びに出る由、微塵毛頭相違なし」
と、言葉少なに申し上げた。

 龍王はお悦びになり、
 「さすがは留守居役を勤めるだけのことはあって、世間の穿ち(うがち:内情・裏側。当時の流行語らしいです)をよく知って、堺町とは気が付いたことだ。神妙の働き」
 鎌倉蝦は御褒美に預かり、髭をそらしてうずくまった。

 それから龍王は、鰐・鱶を近く召され、「菊之丞を捕らえる役目、汝等が行うように」と仰せ付けられたが、両人ははっとひれ伏し、
 「およそ人を取ることに関しては我等の後に続くものはございませんが、舟遊びともなれば、場所は両国永代橋の辺りでございますから、我等の力も及びがたく存じます。これは別の者に仰せ付けられるほうがよろしいかと」
と、申し上げた。

 龍王はご思案あり、「では、海坊主に」と仰ったが、海坊主も、
 「私儀は出家の身でございますが、大事の御用でございますから、早速御請け申し上げたいのですが、両国といえば、見世物師の多い所。
 彼等はいつも珍しいものを捜し求めておりますので、私のような異形のものがそこへ顔を出せば、たちまち捕らえられてお役目を果たすこともできません。この儀は辞退申し上げます」
と、魚溜まり("侍溜まり"のシャレ)へ引き下がった。

 人々に敬われ、高僧と謳われる海坊主さえ辞退したので、我参らん、というものは一人もなかった。ふぐのお河豚が女ながらに、菊之丞の腹へ飛び込んで(毒殺して)連れて参りましょう、と提案申し上げたが、今は夏で河豚を食べる季節ではない、と却下になった。

 龍王もいよいよ手立てがなくなり、
 「無用の長詮議に時間を割いても、所詮は埒の明くはずのないことだ。この上はこの龍王自ら立ち向かい、雲をおこし雨を降らし、菊之丞を引っ掴んで閻魔王へ奉らん!!」
と、席を蹴立てて立ち上がった。

 皆は龍王の前後を囲いお留めしたが、龍王は前後左右を踏み飛ばし、黒雲を起こしてお出になろうとしたところに、門に控えていたものがつっと出て、御腰をむずと抱いた。振りほどこうとなさったが、なかなか容易く動くことができない。
 「何者だ!放せ!!」とふりむきなさると、頭に皿を戴いた河童であった。
 龍王は御声高く、「おのれ下郎の分際で!!」と御手を振り上げ、皿を打たんとなさるところを、大勢の鱗どもが左右の御手にすがりつき、
 「河童の主君への忠義でございますれば、悪くとらないで下さい。まずは御座に御直り。」
と無理にもとの座にお連れしたので、龍王はなおも不機嫌でいらっしゃったが、河童は御前ににじり寄って頭の水も零れ落ちんばかりに涙を流して申し上げた。

 「下郎の身をかえりみず、無礼をいたしましたのも、はばかりながら忠義からのことです。
 拙者は門番を相勤めます、塵より軽き足軽でございますが、忠義においては、高知(高い禄をはむ人)にも劣りません。此の度の御大事、拙者に仰せ付けくださいませ。」
と一途に願うので、龍王も御顔を和らげなさり、
 「彼の申し分といい力量といい、役に立つものであるから、我もこの度の役目を申し付けようと、気付かなかったわけではない。
 しかし、彼はかねて若衆好きの評判があるために、猫に鰹節とやらで、気がかりであったのだが、只今の忠義にめでて、大事の役目を申し付ける。命の限りぬかるでないぞ。さあ急げ!」
 仰せを受けた河童は、飛ぶように走り出て行った。



 今回は、竜宮城を舞台にコメディーが繰り広げられまして、なかなか面白いところでした。魚たちの擬人化も楽しいですね。
 (どうしても、コレを伝えたくて延々書いてしまったのです(結構略したのにぃ!);現代人には分かりにくい風刺やギャグも散りばめられていたので、ぜひ原典を読んでください…;)

 では、各キャラへの思いをば。
 龍王さまは意外とアツい御方だったのね。だんだんイライラしてキレてくるところが好き。
 シジミ&サザエ、お馬鹿だけどカワイイなぁ。蝦のじーちゃんはシブい!
 鰐・鱶もなんかカッコいい感じv きっと、擬人化美青年に違いない。
 で、河童!! 忠義の男だ、武士の鏡だ!でもなにやらエロいよ…ふふふ。

 さて、いままでの展開では「どこが男色譚やねん!!」とお怒りの方もいらっしゃったことでしょう。ご安心(?)を。ここまでは「古典にもこういう面白いのがあるよ」と言いたかった管理人の魂胆を含めた、壮大な前フリだったのですよ。

其の六